【インクルーシブ・リーダーシップ】業績のよいチームとそうでないチーム、どちらにILが有効?(Hirak et al., 2012)
今回は、最新というより、比較的クラシックなインクルーシブ・リーダーシップ関連の文献を取り扱います。2023年5月28日時点でGoogle Schalorで528件の引用と、比較的多く読まれているIL文献です。
どんな論文?
この文献は、イスラエルの大規模病院で収集された縦断的データ(数回に分けて取得されたデータ)を分析し、Leader Inclusivenessが、心理的安全性や、職場ユニットのパフォーマンスとどのような関係にあるのかを調査したものです。研究におけるモデル図は以下の通りです。
ちなみに、Leader Inclusivenessは、Carmeli et al.(2010)のインクルーシブ・リーダーシップ指標を用いて測定されているため、ILと同義と捉えられます。
ILが心理的安全性に影響を与え、その結果、失敗からの学習が促進され、職場のパフォーマンスが向上する、という仮説は見事に支持されました。
「Learning from Failure」
心理的安全性が「失敗からの学び」に影響を与えるという図式は、先日投稿した内容と近いモデルです。ただし、Learning from errorsと、Learning from Failureといった違いがあります。
ざっと調べると、Errorは「誤り、間違い」、Failureは「失敗、未達」というニュアンスの違いがあるようです。したがって、今回の「Learning from failure」は、失敗した結果を振り返って、何が起こったのかを率直に話し合って学習していく、という感じと捉えられます。対して、「Learning from errors」は、間違いから軌道修正するような学び、と言えそうです。
余談ですが、心理的安全性で有名な、ハーバード大学のエドモンドソン教授は、HBRの記事の中で、「Learning from Failure」の中でも、好ましいもの(+)と責められるべきもの(-)があり、失敗の種類を+と-の間における9段階で示しています。
詳しくは元サイトをご覧ください(英文です)。
先行研究でも、心理的安全性、つまり対人リスクを感じても言いたいことが言える職場環境があると、Learning from Failureが起きやすい、ということが言われているようです。文献から該当箇所を引用します。
高業績チームと低業績チームで、ILが心理的安全性に与える影響が変わる?
さて、ここで問題です。高業績チームと低業績チーム、どちらの方が、ILの心理的安全性に与える影響に有効、と言えるでしょうか?
言い換えると、リーダーがILを発揮した際に、メンバーが心理的安全性を感じる程度が高まるのは、高い業績を出しているチームなのか、それとも、あまり業績を出せていないチームなのか、という問いです。
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本文献では、過去の研究を紐解き、「低業績のチームの方が、リーダーがILを発揮した際に、メンバーが心理的安全性を高める」という仮説を立てました。
その理由は以下のように整理されています。
①組織がうまく行っていない時、メンバーは不安や不確実さを感じると共に、自己イメージが低下する。その状態のときに、上司をより頼りたくなる
②高業績チームでは、多少対人リスクを負ってでも言いたいことを言える雰囲気があるが、低業績チームでは、なかなか建設的なコメントがしにくい
これらの理由から、ILのように、メンバーの意見を聞き出し、尊重するような上司のリーダーシップのもとで、心理的安全性がより高まりやすい、とのことです。
高業績チームでも心理的安全性は高いと想像されますが、低業績チームの場合は、ILによって心理的安全性が高まる度合いが高い、という意味です。
つまり、
業績が低いチームは、心理的安全性が低く、失敗から学ぶように、アイディアを表明したり意見を述べたりしにくい
→そんなチームにこそ、上司のILが有効
→上司のILによって、心理的安全性が高まり、失敗から学べるようになり、結果として、成果が高まる
ということを縦断研究におけるクロスレベル定量分析により示したという点で、刮目すべきだと思います。
研究手法
IL研究において、3つのタイミングでデータ取得を行った文献は珍しいので、備忘録的にメモしておきます。
■大病院における19部門から、11部門を無作為に選択。各部門には、8-13のワークユニットが存在。分析対象となったのは、55のユニットおよびシニアマネージャー、224名の病院関係者。
■3つのタイミングでデータ収集
1回目:メンバーが、自分の職場リーダーの発揮するILの度合いを評価(個人レベル)と同時に、職場の心理的安全性を評価(個人レベル)。この個人レベルの回答を、職場レベルでも集計。またシニアマネージャーは、自職場のパフォーマンスを評価(ユニットレベル)。
2回目:1回目から4か月後に職場における「失敗からの学び」に関するアンケートデータ収集(ユニットレベル)。
3回目:2回目からさらに2か月後に実施。11事業部のシニアマネージャーがパフォーマンスを評価(ユニットレベル)
※業績は、シニアマネージャーが主観的にパフォーマンスを評価
■分析は、ユニットレベルのプロセスのみが関与する部分は、階層的回帰分析。個人レベルのIL認知および心理的安全性と、ユニットレベルのパフォーマンスの調整効果については、階層的線形モデリング(HLM)で分析。
感じたこと
うまく行っていないチームにこそ、ILが心理的安全性を高めるのに有効、というのは興味深い結果です。うまく行ってないと、失敗にも臆病になってしまうもの。そんな心境の時に、リーダーがメンバーの意見を尊重し、失敗からの学びを得てパフォーマンスに繋げられれば、組織成果にも確かにつながりそうです。
一方で、うまく行っていないチームにおける、リーダーの自己認識がどうなのかは気になりました。うまく行っていない時に、最もプレッシャーを感じるのはリーダーでしょう。そこで、ILを効果的に発揮できるものなのか?そこがボトルネックになる気がします。
また、業績(パフォーマンス)については、病院という特性もあって、あくまでも主観的な評価になる点は、難しいところだと感じます。定量的な業績指標が用いられると、さらに説得力は増しそうです。(その分、協力が得にくいとは思いますが、、、)
とはいえ、本研究は、研究モデルと分析手法の観点でとても参考になるものでした!
自分自身の研究においても、職場レベルと個人レベルの両方を扱う必要が出てくる可能性があるため、こうしたクロスレベルの分析を行った研究は大変参考になります。まさに、巨人の肩に乗るように、こうした過去の研究を参考に、自分の研究も整理・構築していきたいと感じさせてくれる論文でした。
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