【インクルーシブ・リーダーシップ】最新のIL研究②:ILは諸刃の剣である!?(Qian & Wang, 2022)
今回は、インクルーシブ・リーダーシップ(IL)が諸刃の剣、つまりプラスの側面もマイナスの側面も持つ、という研究を紹介します。特に、マイナスの側面に焦点を当てた論文は少ないので、貴重です。
どんな論文?
モデルは以下図の通りです。
ここで挙げられている概念ですが、心理的安全性(Psychological Safety)や義務感(Feld Obligation)はよいとして、
プレゼンティーズム(Presenteeism)と、上下関係志向(Power Distance Orientation)について補足します。
プレゼンティーズムとは、従業員が出社していても、何らかの不調のせいで頭や体が思うように働かず、本来発揮されるべきパフォーマンスが発揮されていない状態を指す言葉です。
詳しくは、以下のサイトが参考になるかと思います。
また、ILと心理的安全性、ILと義務感を調整する変数として登場している「上下関係志向(Power Distance Orientation)」ですが、文化・国民性の違いを定量化したホフステッドによると、上下関係による権力の不平等をどの程度受け入れるかどうかの度合い、と説明されます。
この研究では、大きく3点に焦点を当てています。
①インクルーシブ・リーダーシップは、職場の心理的安全性を高めることで、メンバーのプレゼンティーズムを低下させる(=心理的安全であれば、体調不良によるパフォーマンス低下が起きにくい)
②インクルーシブ・リーダーシップは、メンバーの義務感を高めることで、メンバーのプレゼンティーズムを高める(=メンバーが義務感を抱くと、(頑張り過ぎてしまって)体調不良によるパフォーマンス低下が起きやすい)
③メンバーがどれだけ上下関係志向を持つかによって、インクルーシブ・リーダーシップが、心理的安全性や義務感に及ぼす影響を調整する
手法と結果
中国河南省の製造業3社に対して、2時点でアンケート調査を行い、373件の有効回答を得た上で、定量分析(階層的重回帰分析や調整効果、相互作用の分析など)を行いました。
その結果、①、②、③、3つの仮説はいずれも支持されました。
①、②の結果からは、ILがプレゼンティーズムを低下させることも、高めることもあり得る、つまり諸刃の剣であることが示されました。
一方、③の結果は何を意味するのでしょうか?
過去の先行研究によると、メンバーの上下関係志向が「高い」場合、ILに見られるような意思決定に関連する意見を聞かれることに抵抗感を持ちます。要するに、上下関係を強く感じるので、上司に意見を言うなんてもってのほか、と感じるようです。また、上司に対する距離感もあるので、メンバーにとって上司がインクルーシブであっても、義務感は生じにくいようです。
逆に、メンバーの上下関係志向が「低い」場合は、より上司との関係をフラットに捉えるので、意見を述べることに抵抗感がない、ということになります。また、上司に対する距離感は近い(パワーの隔たりが少ない)ので、上司がインクルーシブな場合、頑張ろうとする義務感を高めるようです。
こうした、メンバーの上下関係志向の違いによって、ILが心理的安全性や義務感に与える影響が変わる(調整される)、というのは、新たな発見として興味深いところです。
感じたこと
インクルーシブ・リーダーシップの負の側面に着目した実証研究はほぼない、といっても過言ではないので、その意味で大変貴重な研究成果です。
義務感を高く持つことで頑張り過ぎてしまい、結果体調不良による低パフォーマンスが出るというのは、現場の肌感覚と一致します。上司もさることながら、周囲がみんながやる気を出していると、「自分もやらなきゃ」と義務感を抱き、その結果、働き過ぎてしまうというのは、特にベンチャー企業など、モチベーションの高い職場あるあるなのではないでしょうか?
このように、ILの負の側面があることを認識した上で、例えば、
頑張り過ぎない、無理しすぎない職場をつくる
体調不良になりそうなときに、個人も職場もすぐわかるようにする
義務感がプレゼンティーズムに与える影響を低下する調整要因を研究する
といったことも考えなくてはなりません。単純に、インクルーシブなリーダーを増やすだけでなく、こうした施策・研究をセットにしていく必要があることを考えさせられる、とても興味深い文献でした。