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【インクルーシブ・リーダーシップ】ILにおける「逆説的な効果」とは?(Zhu et al., 2020)

今回は、インクルーシブ・リーダーシップにおける逆説的効果、一見よさそうだけど結果的には良くない影響を及ぼすメカニズムについて調査した研究を紹介します。

Zhu, J., Xu, S., & Zhang, B. (2020). The paradoxical effect of inclusive leadership on subordinates’ creativity. Frontiers in psychology, 10, 2960.

どんな論文?

本文献は、インクルーシブ・リーダーシップ(IL)が創造性に与える影響のメカニズムについて、ポジティブとネガティブ、両面が同時に存在することを示した中国の研究です。

2時点で収集した244名の有効回答を分析した結果、ILが部下の心理的安全性を高めることによって部下の創造性を促進する一方、挑戦に関連するストレスを軽減することによって部下の創造性を阻害することが明らかになりました。

本文献で興味深いのは、ILがポジティブな影響を及ぼすと思いきや、実はネガティブな影響も及ぼす、いわばParadoxであるという点です。初めて目にしたのですが、どうやらABC理論(Antecedents-benefit-Cost:アルバート・エリスの方ではなく)というものがあるらしく、2つの異なる媒介変数を通じて、従属変数に逆説的な影響を与える、というプロセスを示したもののようです。もう一つのABC理論はリンク先を参照ください。

モデル図は以下の通りです。

また、文献内におけるABC理論の説明箇所を引用しました。

最近、Busseら(2016)に よって先行要因-ベネフィット-コストフレームワーク(ABC)と呼ば れる重要な理論が開発され、この理論は、先行変数が2つ の異なる媒介変数を通じて従属変数に逆説的な影響を与えると主張した。したがって、ベネフィットという用語 は、望ましい直接的な結果を示すために使用され、コストという用語は、あらゆる望ましくない直接的な結果を示すために使用される。ABC理論に基づき、インクルーシブ・リーダーシップは、2つの異なる媒介変数を通じて創造性に逆説的な効果をもたらすと主張する。

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挑戦関連ストレス

ILが創造性に与える負の影響を媒介するのは、「挑戦関連ストレス」と言われる概念です。この概念は、仕事の肯定的な成果に関連する一種のストレスと定義され、挑戦と充実感や達成感と関連して生まれるストレスと定義されています。挑戦関連ストレスの例としては、仕事の過負荷、責任の重さ、時間的プレッシャーなどがあるようです (Cavanaugh et al., 2000)。

論文では、職場において、上司のリーダーシップ行動は従業員にストレスを与える重要な出来事であり、ストレス源と紹介されます (Li et al., 2012)。

他方、ILの特徴は、部下のミスや失敗を許容する能力を持つことであり(Wasserman et al. 2018)、リーダーが部下のミスや失敗を盲目的に受け入れてしまうと、部下は「罰はない」と考え、安心してミスを犯すようになるようです(Zhu et al.,2018)。このようにして、ILが部下の挑戦関連ストレスを軽減すると想定されます。

他方、挑戦関連ストレスは、一種の重要な動機づけ資源として、部下のイノベーションへの動機づけとなるともいわれます。(Zhang, 2015)。部下の挑戦関連ストレスが減少すると、部下はイノベーションを起こす十分な動機を持てなくなります(Liu et al., 2010)。また、既存の実証研究では、挑戦関連ストレスが従業員の創造性に有意に正の影響を与えることが示されている(Qing and Zhang, 2014; Zhang, 2015; Montani et al., 2017)。

まとめると、ILによって、従業員がリスクを感じずに安心して挑戦できるようになり、挑戦関連ストレスが低減する。しかし、挑戦関連ストレスは、動機付け資源でもあり、創造性にポジティブな影響を与えるもの。したがって、ストレスは減るものの、イノベーションに向けて十分な動機が持てなくなり、創造性に負の効果を与えてしまう、と整理できます。

なお、文献では、挑戦関連ストレスの低減は、従業員が安心して挑戦できる一方、自分の仕事成果にほとんど関心を持たなくなり、仕事に対する責任感が低下する可能性がある、と説明されます。

従業員がミスを犯した後、インクルーシブ・リーダーは従業員を罰せず、その結果、従業員は行き詰まると説明されています。(文献では、「ファットキャット」になる、という表現が使用されています。深い意味はわかりませんが、そのような表現があるのですね)

研究の限界

本研究は中国で実施されていますが、中国には高い権力格差(Hofstede et al., 2010)という特徴があり、権力の不平等は当然のことと受け止められる傾向がありえます。権力格差が大きい文化では、上司と部下の間の良好な関係の発展を妨げるため、インクルーシブ・リーダーシップの有効性を弱める可能性があります。

例えば、 Zhangら(2016)は、高い権力距離文化圏では、部下と上司の間に距離を置くことが求められるとされ、その結果として、部下がILを認知しにくくなる、と説明します。今回の研究結果も、文化的な側面を含めて研究するとどうなるのか、という点にまで言及されていないため、この点が限界の1つと述べられています。


感じたこと

このABC理論は大変興味深いものでした。ストレスの低減は一見ポジティブですが、一方で、人を安心させすぎてしまい、創造的な行動に向かわせる動機を失わせてしまう、といった逆説的効果はなるほど、と思わされました。

以前の投稿でも、ILのダークサイドを論じた研究を紹介しました。上司のILが、義務感を生じさせ、プレゼンティーズム(体調不良)を生んでしまうメカニズムや、Too-much-good-thing-effectによってパフォーマンスが下がる、というものでした。

(ILが負の影響を及ぼす論文を紹介した投稿はこちら)

今回の研究で示された、ILによってメンバーも安心させすぎることの功罪もある、といった結果は、どんなリーダーシップも手放しでよい、ということでないという示唆を与えてくれます。

良い面も悪い面もある、ということを理解したうえで、上司のILを推進するような場をどう作れるか。実務家としても、研究者としても参考になりました。

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