「私はあなたのそこが好きだった」
■感想文『サヨナライツカ』/著者・辻仁成さん
真摯な姿勢で臨床から学ぶペックの見解や、修練の必要性を説いたフロムの視点などを考えると、本書で描かれている男女間の物語を評価することが私にはできない。複雑すぎます。描かれている男女間のできごとがどうだから、本書が素晴らしい、という評価をできないのです。
個人的には、本書を愛の理想形のようにして恋焦がれてしまう人へ警告を促したい一方で、不道徳を美化したたわごととして一蹴することへは空しさを覚えます。だからといって素晴らしい作品だと、諸手を挙げて喝采する気分には正直なれません。物語の結末を見届けたいと思ってしまう自分は確かにいるのですが、読者にページをめくらせるには、読者を選ぶ本だと思います。何度も書き直したレビューですが、そう思うとやっと腑に落ちました。
「どんな物語なのか」
「それが愛なのかとか恋なのか」
「純なのか不純なのか」
そうした真理の追究に引きずられることは避けたいです。これが小説だから。そして、作品自体のアラを探すこともできますが、そうした細かい点を読者に気にさせない、読者の経験や記憶を物語と結びつける力を宿した作品だとも思えます。
つまり、互いにひかれあっていたにも関わらず、結ばれなかった相手が過去にいたかどうか。
読者にそうした体験や記憶があったかどうかが、本書の読後感を大きく左右する作品なんだと思います。とても読み手を選ぶ一冊だと思いますが、確実に高い満足感を得られる読者が一定数いることでしょう。
あなたに、互いにひかれあったにも関わらず、どうにもならない恋が過去にあり、その恋を今も忘れられないというなら、読後感は決して悪くはないはずです。しかし、今のパートナーに十分満足し、最高の相手に巡り合えたという実感を得ている人にとっては、嫌悪感だけしか残らない危険性もはらむ一冊でしょう。うまくいかない恋愛、人間関係の連続で苦しんでいるなら、なおのことかもしれません。
読むかどうかは慎重になって決めることをおすすめします。万人には決してすすめられません。