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    矛盾を対話させる試み

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信頼に値しない記憶

息ができない。 腰に付けた網が海底の岩に絡まり、視界は暗闇に覆われ、口の中には不快な塩辛さが広がっている。 身動きを取れば取るほど、網の絡まりは複雑になっていく。 息ができないのに死んではいない。 息がしたい。 楽になりたい。 その感覚が、今もはっきりと私の記憶の中にある。海に溺れたことなど、私は一度もないというのに。 その記憶は、私の生きるという感覚そのものだった。不死の者が海底に囚われ、生き続けているような、終わりの見えない宇宙の果てを彷徨っているような。そんな感

    • 最期の夢

      見知らぬ人が、突然目の前に現れた。 右手には銃があった。 銃を認識した瞬間、時の流れがスピードを緩めた。 嗚呼、私は撃たれて死ぬんだ。 ただそう思いながら、立ち尽くしていた。 案の定、銃口は私に向けられた。 弾丸はよく見えなかった。 首からドロドロと温かい何かが流れていくのを感じた。 痛みで下を向くこともできず、それが何色であるかもわからなかった。 やっとだ。 そんなことを考えて、嬉しくなってしまった。 私は笑っていた。 喉が痛くて痛くてたまらない。

      • [dual] #9 流れ星

        • [dual] #8 理解者

          理解者を定義するとしたら、どんな言葉が思い浮かぶだろうか。 感情をそのまま相手に伝えられるほど、言葉は便利ではない。 必ず自分の言葉に相手の感情や思考が加えられ、相手に届く頃には、全く別の形となってしまう。 真の意味で自分を理解してくれる人間など、この世に存在するはずがないのだ。 そんなことは百も承知で、私たちは理解者を求める。 私たちの求める理解者というのは、おそらく隣にいてくれる人。 自分のありのままを否定せずに、受け入れてくれる人。 私たちは自分に都合のいい存在に出会

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          9本

        記事

          [dual] #7 終焉

          人類の滅亡について考えてみる。 人類の滅亡を見届けることができる人間は誰一人いないだろう。 滅亡したことを、その当事者は知り得ない。 当たり前のことである。 終わったことを認識できないのならば、そもそも終わったと言えるのか。 実際には終わっているのだが、終わっていることに気づくことはできない。 目に見えるものが事実とは言えないのか。 目に見えるもののみが事実と言えるのか。 昔知り合いが、いつか死ななければいけないのが悔しい、と話していた。 この先も様々なものが発展していく

          [dual] #7 終焉

          [dual] #6 夢現

          これはなにか悪い夢を見ているのかもしれない。 そう信じたくなる夜がある。 この広い宇宙に、自分の意識が存在すること。 終わりに向かって生を全うしていること。 何もかもに違和感を覚える。 私はなぜここにいるのだろうか。 そもそも現実は存在しているのか。 自分には見えていないものが、確実にこの世に存在している。 自分の見ている現実が自分にしか見えていないのならば、現実など夢とたいして変わらない気がしてくる。 そもそもこれが夢ではないと、どうやって証明できるのだろうか。 ほっぺを

          [dual] #6 夢現

          [dual] #5 記憶

          過去の記憶は、ほとんどが美化されているように感じる。 美しくなっていないとしても、少しずつ形は変わってしまっているのだろう。 「過去」の地点から見た「未来」と「今」の感情が、邪魔をしている。 もし過去の形を完全に変えてしまったら? 感じたことを鮮明に憶えておきたいこともある。 美しくないまま、とっておきたいこともある。 そんな理想たちは自分自身の忘却によって阻まれてしまう。 忘れるから人は長生きができると言う。 忘れたいことは、忘れてしまったことは、本当に忘れるべきことなの

          [dual] #5 記憶

          [dual] #4 永遠

          死よりも永遠が怖い。 生に対する嫌悪は、死を超え永遠への恐怖を生み出した。 死んだところで、魂が残るだとか、生まれ変わるだとか、天国でへ行くだとか、そういうのは死生観において何を信仰するか、でしかない。 確実な答えは誰も知らないからこそ、信じる者は救われるのだろう。 私は何も信じられない。 無であってほしいと願いつつも、完全に信じることはできないのだ。 信じるという行為は、とても強力で絶対的な力を持っている。 私はその力が欲しくて欲しくてたまらない。 そして永遠を恐れ、無を

          [dual] #4 永遠

          [dual] #3 処刑

          結局この世は、どう行動するかだ。 いくら頭の中で思考を巡らそうと、誰も気付いてはくれない。 だから私たちは行動をする。 その行動のみで、私たちは評価され、レッテルを貼られ、消費されていく。 単純だ。 あまりにも単純すぎる。 人を殺してはいけないと、命は尊いと、自殺をしてはいけないと、何かと命に価値をつけたがる世の中である。 それに対しては理解できる。 しかしこの単純さは何なのだろうか。 丁重に扱われているはずの人の命が、行動一つで虫ケラのようになる。 そういう矛盾を無視して

          [dual] #3 処刑

          [dual] #2 他者

          独り物思いに耽っていると、遥か彼方に思考が離れていってしまう。 現実が現実であると認識できなくなる。 この癖は非常に危うい。 しかし、隣に他者がいるだけで、それを防ぐことができる。 非常に簡単な解決策を持ち合わせていながらも、私の思考は安定しない。 他者と関わると、必ず傷をつけあう。 その傷を受け入れられる人、受け入れてくれる人と、私は付き合っていくべきなのだと考えている。 それでもたまに、その傷が鋭く重くのしかかってくることがある。 いっそ離れてしまった方が楽なのではない

          [dual] #2 他者

          [dual] #1 ガム

          自分の中の矛盾が憎い。 曖昧さに嫌気がさし、つい極端になってしまう。 そんな感覚を対話させる試み、これをdualと名付けた。 味のしなくなったガムは、生きることに似ている。 もう味がしないと思っていたのだが、一噛みだけ味がした。 そんな記憶のせいで、まだ味が残っているのかもしれないと期待してしまう。 人生の過程で、幸福に思えることも、不幸に思えることも、全ては不規則に思わぬタイミングで訪れる。 そこに意味がないことに気付いたとしても、私は噛むことをやめられない。 無意味で

          [dual] #1 ガム

          星と生

          人生において、自分がどこに向かって歩いているのか分からなくなることがある。目標や夢を叶えられても、その先には何があるのか。目標や夢すら、思いつかないこともある。人生プランを考えることができず、ただ漠然とした将来への不安に駆られてしまう。 人生の最後は、死と決まっている。過去、現在、未来の順に、直線に時間が進んでいると認識すると、私たちは、死に向かって歩いているように見える。元々存在しなかった無から、生を与えられ、また自ら無になろうと歩いているようだ。スタートとゴールは無。人

          星と生

          [映画]関心領域 ヘス家は私たち

          アウシュヴィッツ強制収容所の隣に住むヘス家は、隣で悲惨な虐殺が行われているにも関わらず、裕福な暮らしをしている。 ヘス家の生活を、私たちは批判できるだろうか?この映画は、私たちを映し出していると感じた。平和が確保された場所で、私たちには関係がないと何の疑いもせず、ただただ幸せを求めて暮らす私たちと、ヘス家のどこが違うというのか。 SNSやニュースなどで、異国の地で悲惨な行為が今もなお行われていることを知っていながら、私たちは何もなかったかのように生活している。物理的に隣で

          [映画]関心領域 ヘス家は私たち

          [映画]ベーグルとニヒリズム

          前回に引き続き、映画「エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス」の魅力を語ります。 さて、一つ前の投稿にも記した通り、私がエブエブにおいて最も触れたいのは、ニヒリズムについてだ。この映画の最も核となる部分に、ニヒリズムという思想がある。ニヒリズムというのは、日本語で虚無主義と言って、簡潔にいうと、人生に意味や価値はない、とする立場のことを指す。それを視覚化したのが、主人公エヴリンの娘、ジョイと、彼女が作り出した、ベーグルである。 私自身は、自分を虚無主義者だとは

          [映画]ベーグルとニヒリズム

          [映画]エブエブの魅力

          第95回アカデミー賞で作品賞を受賞した「エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス」。多くの人から高い評価を得ている一方で、批判の声が目立っている作品でもある。私は、この映画を観た後、簡単に言うと、「すごい映画に出会ってしまった!天才だ!」と感動というより感心してしまって、興奮しまくりだった。人を選ぶ映画であることも、批判が出ることも納得できたが、それでも私はこの映画を見て、本当に今までにないほどテンションがぶち上がった。エンドロールが終わっても、余韻で立ち上がれない

          [映画]エブエブの魅力