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コペンハーゲンの「解放区」

足を踏み入れたとたん、息をのみ立ちすくんだ
スプレーで描いた前 衛的な絵や落書きで
壁一面がおおわれた廃屋群のど真中

ヒッピー風や 子連れの黒人親子もそこかしこ
人々の表情は、わりと穏やかで知的な 顔も見えるが
ニヒルな雰囲気があたりに漂っている

コペンハーゲンの町外れ、運河に囲まれた一角に
クリスチャニアと呼 ばれる「解放区」がある

一九七〇年代、軍隊の兵舎や倉庫だった空き家を
浮浪者、元犯罪者、ヒッピーの若者、ヨーロッパ流れ者が
いつ の間にか無断占拠してしまった

  クリスチャニア 解放区          コペンハーゲン                 1996

お互いファーストネームで呼びあい
誰も過去を問われないコミューンを作りあげた

コペンハーゲン市と警察は
無政府主義者や、ならず者の巣窟だと
千人ほどの老若男女の強制 立ち退きに動いたが
文化人グループが
「クリスチャニアは、市民生活 に適応できない人々の
生き方の理解に大きな貢献をした」と
熱烈な弁護にまわった

世論も二分するなか、裁判所は、法的には不当だが
人道上、当分の間の占有居住権を認めるとし
解放区の完勝で幕切れとなった

デンマークは、三年以上国内に住む外国人に
地方選挙の選挙権を認 め、出馬も可能だとしているように
少数派や異質な集団を受け入れる
度量と柔軟性に富んでいる

事実、一九五〇〜七〇年代
人種差別がき びしい米国をのがれた
ケニュー・ドリュー   ベン・ウェブスターなどの
ジャズメンが、自由を謳歌できるコペンハーゲンを
足場に活躍している

クリスチャニアの生活環境は、かなり改善されたが
アナーキーな雰 囲気は今も健在だ
ハシシュ入りケーキも売っているとか
観光客など人っ子ひとりいない

撮影禁止だぞ                          1996

解放区の入口に待たせたタクシーの運転手が
息せき切ってかけ寄ってきた
約束の時間に戻らない僕を心配したのだ

港沿いの居酒屋で、運転手氏にビールをおごり
チップもはずんだ
彼いわく、「タカシ、クリスチャニアに住みたいのか」


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