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コペンハーゲンの「解放区」
足を踏み入れたとたん、息をのみ立ちすくんだ
スプレーで描いた前 衛的な絵や落書きで
壁一面がおおわれた廃屋群のど真中
ヒッピー風や 子連れの黒人親子もそこかしこ
人々の表情は、わりと穏やかで知的な 顔も見えるが
ニヒルな雰囲気があたりに漂っている
コペンハーゲンの町外れ、運河に囲まれた一角に
クリスチャニアと呼 ばれる「解放区」がある
一九七〇年代、軍隊の兵舎や倉庫だった空き家を
浮浪者、元犯罪者、ヒッピーの若者、ヨーロッパ流れ者が
いつ の間にか無断占拠してしまった
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お互いファーストネームで呼びあい
誰も過去を問われないコミューンを作りあげた
コペンハーゲン市と警察は
無政府主義者や、ならず者の巣窟だと
千人ほどの老若男女の強制 立ち退きに動いたが
文化人グループが
「クリスチャニアは、市民生活 に適応できない人々の
生き方の理解に大きな貢献をした」と
熱烈な弁護にまわった
世論も二分するなか、裁判所は、法的には不当だが
人道上、当分の間の占有居住権を認めるとし
解放区の完勝で幕切れとなった
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デンマークは、三年以上国内に住む外国人に
地方選挙の選挙権を認 め、出馬も可能だとしているように
少数派や異質な集団を受け入れる
度量と柔軟性に富んでいる
事実、一九五〇〜七〇年代
人種差別がき びしい米国をのがれた
ケニュー・ドリュー ベン・ウェブスターなどの
ジャズメンが、自由を謳歌できるコペンハーゲンを
足場に活躍している
クリスチャニアの生活環境は、かなり改善されたが
アナーキーな雰 囲気は今も健在だ
ハシシュ入りケーキも売っているとか
観光客など人っ子ひとりいない
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解放区の入口に待たせたタクシーの運転手が
息せき切ってかけ寄ってきた
約束の時間に戻らない僕を心配したのだ
港沿いの居酒屋で、運転手氏にビールをおごり
チップもはずんだ
彼いわく、「タカシ、クリスチャニアに住みたいのか」