神の声をきいた
アアー、アアァーアアアァー
厳かな声が
天から降りそそいでくる
これはなんだ、神の声ではないか……
じつは僕の声が
高い円天井にこだましているのだった
その間およそ8秒
赤茶けた荒地にオリーブの樹がひろがる丘を
幾度となく登ったり下ったり
グラナダから車で60分のモンテフリオに着いた
白壁の家が 丘の斜面に連なる住民2000人だが
スペインでもっとも美しい村といわれる
道ばたの八百屋から出てきた老人に誘われるまま
教会裏手の扉からドームへ通じる狭くて暗い
すりへった石のらせん階段を登っていった
最上階で老人が手を打つと
音が弱くなったり強くなったり複雑にひびきあう
あっ、と声を出してみた
そして〝神の声〞を聴いた
教会は
イエス・キリスト
すなわち神と世俗人をつなぐところ
バチカンのサン・ピエトロ大聖堂は
イエス・キリストの地上の代理人たる
ローマ法王のカトリック総本山だけに
荘厳で華麗
世俗人を畏怖させる仕掛けに満ちている
イスラム教や仏教の寺院も
人の心を厳粛にする
イエスにしろマホメットにしろ
釈迦にしても
迫害のなかで悟りをひらき
教えそのもので開祖となった
仕掛け
たとえば寺院の荘厳さに権威を求むるのは
後の世の伝道者であろう
代理人の限界かもしれない
神や仏に救いを求める人に
時をこえ、祝福を与えるには
目に訴え耳に感じさせる舞台装置は
やはり布教のうえで
不可欠なことだろう
昼食時間を割いてまで
教会を案内してくれた老人は
おそらく聖堂の神々しい響きを
見知らぬ異邦人に誇りたかったに違いない
1930年代の悲惨なスペイン内戦のとき
この教会のキリスト像は
戦火をさけ山の中に避難したと別れ際に
ポツリと語った老人
この国の人は、内戦のことなど
滅多に外の人に漏らさないのに……
寺男の老人の顔に深い皺が刻まれていた