4P戦略を更に詳しく解説:価格戦略について
こんにちはTakです。
実際に事業を行っていくなかで重要な4P戦略については、それぞれの要素をさらに詳しく纏めていきたいと思います。
プライシングは状況に応じて適宜見直しますので、私自身、マーケティング業務全体を通して相当な時間を掛けてきました。その都度、ひとつの答えに導くため、社内、社外で多くの交渉が発生し、マーケティングで考察するあらゆることの総まとめとして、この価格に想いや意思が集約されているものだと感じています。もちろん経営インパクトの大きいのが価格戦略になりますので、慎重に判断していくことになります。
ぜひ、価格戦略について全体を見直したいという方は少し長いですがお付き合いいただければと思います。
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プライシング : 顧客価値に対して妥当な価格設定を行う
価格戦略は企業の収益に対して迅速かつ多大な影響を及ぼすため、経営視点では、4Pの中で最も重要なのが価格戦略と言って良いでしょう。まず、プライシングの重要性を良く理解するために以下、どちらの方が利益は増えるのか考えてみるのが早いと思います。
①利益率10%の新規製品を上市し、売上を昨年対比で105%伸ばした場合
②既存製品の値上げによって売上を昨年対比で105%伸ばした場合
両方とも同じく昨年対比105%の売上向上となっていますが、①の新製品上市のケースでは、105%売り上げを伸ばした分の10%が利益となりますので、例えば、元々100億円の事業の場合、5億円が新規製品の売上となり、昨年対比でプラスになった利益は0.5億円です。値上げについては値上げした分がそのまま利益になりますので値上げ額として5億円、昨年対比でプラスになった利益としても5億円がそのまま計上されます。従って、価格を上げたり下げたりするだけで販売量以上に収益へ直結するのがプライシングということになります。
経営層から見て自社コストが上昇すれば直ぐに値上げという選択肢を取りたくなるのは上記の計算が理由となります。
自社のマーケティング戦略を見直さずに安易に値上げだけを行ってしまう場合は『自社都合』のマーケティングとなり、予期せぬ売上低下を招くことになるため注意が必要である一方で、『顧客都合』を考えていると一向に値上げが出来ず収益を悪化させます。
『自社都合』と『会社都合』両方の最適解を見つける方法は、『正しい自社の価値を把握しているかどうか』次第です。だからこそ、3C分析、4P分析などを含めたマーケティング戦略が重要になってきます。
これによって、製品コスト削減が可能なのか、競合は値上げを実施しているのか、自社製品の価値はどれぐらい顧客が感じているのか(=値上げの許容範囲はどれぐらいか)、価格弾力性のある製品なのかということについて分析した上で、値上げをどのようなタイミングで、いくらの値上げ幅で、どの製品で、どの顧客に対して実施していくのかということを考察します。
急に考えても判断が難しいものとなりますので、ベースとなる価格戦略が非常に重要となります。
価格戦略を大きく分けると2つの戦略しかありません。
価値を売るプライシングか、そうでないかです。
凄くシンプルです。そして、このNoteで説明しているバリュープロポジションを描くマーケティングにおいては、バリューベースプライシングを取り入れる必要がありますので、やるべき戦略はひとつですが全体感を押えながら、更にこまかな戦術を含めて纏めています。
・価格戦略
価値を売る価格戦略:バリューベースプライシング
価値を売れない価格戦略:コストベースプライシング、競合ベースプライシング
バリューベースドプライシング
顧客が感じる価値をベースに自社製品・サービスの価格を決めていく手法です。価値が高く顧客が支払ってくれる限りは自社コストと関係のないプライシングが可能です。例えば、他社にはない特殊な性能を持ち、特定のアプリケーションではこれを使わざるを得ないという製品ならば高価格で販売できる可能性があります。
判断のポイントは、『顧客が感じる価値に対して妥当な価格か、競合類似品や代替製品価格と比べてどうか、利益率は適切に設定されているか』ということになります。
新製品の場合は、製品設計と販売価格検討を同時並行で進めますが、具体的なプロセスとして、先ずは市場に流通している類似製品や代替製品の価格を調査します。ここで大事なことはセグメンテーション、ターゲッティングした市場での顧客が購入している価格を調査することです。その上で、プロトタイプと共に想定価格で顧客が購入するかどうかをターゲット顧客への訪問を数社繰り返して情報精度を高めていきます。
社内では、妥当な利益率を確保するために、製品開発時の『Must Have』のなかにターゲットコストを入れて開発を進めます。どのような価格で販売できるのかという答えは顧客にあり、顧客は必ず既存の製品や競合製品とも比較検討します。その上で、自社が提供する新製品から感じる取る価値に応じて、許容できる価格が変わります。このようなプロセスを通じて狙ったバリュープロポジションになる製品を顧客に提供し、それに見合った価格戦略にしていくことがバリューベースプライシングとなります。
コストベースプライシング
自社のコストを積み上げ、さらに適正利益を乗せて販売する戦略を『コストベースプライシング』と呼びます。コスト積み上げ型になるので、コストが上昇すればそのまま販売価格に転嫁し、コストが下がれば売価を下げることになります。この手法を取り入れやすい事業として、B2Bにおいては商社などの流通業、B2Cではスーパーなどの小売店となります。
だれでも同じ商品を仕入れることができ、小売業として差別化を図ることが出来ない場合は、単純に仕入れ価格に一定の利益を乗せて販売するという傾向になります。また、製造業では下請け製造業のように、言われた通りの製品を製造・販売するだけの取引の場合、自社としての付加価値を付けることができないためコストベースプライシングになる可能性があります。
この手法のメリットは利益率を固定化することができ、明朗会計になる一方、顧客にとって価値が高い製品・サービスであっても一定利益しか得られないという機会損失があることや、顧客がそれほどの価値を感じていない、つまりコストが高く、価格が高いと感じられてしまう場合は売上が一方的に落ち込み、対策も取りにくいため、上記のようなビジネス状況でない限り、選択すべきではないプライシング手法になります。
競合ベースプライシング
競合の価格を見ながら設定していくのが『競合ベースプライシング』です。自社のコストによらず、競合価格、市場価格次第だけでプライシングを行います。
コモディティ製品でどれを買っても全く同じという市場では、このようなプライシングになりやすい傾向がありますが一般消費財などの最終製品ではあまり多くはありません。加工前原料になるため製品やチャネルでの差別化は難しく、大手企業に集約されているため、川上ビジネスではこのプライシングモデルを採用せざるを得ない傾向は強くなります。例えば、原油から精製して製造されるプラスチック原料では、数社のサプライヤーで占められます。原油価格や需給バランスを見ながらプライスリーダーが価格の上げ下げを行い、競合会社はそれに追従します。
メリットは価格設定が容易で他社のプライスリーダーに追従していくだけというポジショニングを取ることができ、マーケティングコストを削減できます。デメリットは独自の価格戦略を作ることができない点です。もし自社ならではの価値を訴求してもこのプライシングモデルの流れにおいては、競合価格と同等またはそれ以下でしか販売できない顧客認知となってしまいます。
一般消費材においては、石油やガソリンはこのプライシングモデルになる傾向がありますが、その他の消費財でこのプライシングモデルを採用することは少なく、メリットもありません。最終製品であるほど様々なニーズに合わせたプロダクト戦略や流通戦略が可能となり、消費者の嗜好によって選択していく余地がでてくるからです。ペットボトルの水でさえセグメントされた顧客ごとに各社は4P戦略を取っているため、競合ベースプライシングにするメリットは得られにくいでしょう。
・プライシングの戦術
価格戦略としては価値を売るプライシングモデルか否かという話をしましたが、競合に打ち勝つための戦術についてもご紹介します。他のマーケティング本などでは並列に語られていることがありますが、戦略と戦術は分けて考えましょう。バリューベースプライシングを選択した製品であっても戦術として以下のようなことを更に検討することが可能です。
<価格戦術>
・一物多価プライシング
ダイナミックプライシング
顧客別プライシング
ボリュームディスカウント
・スキミングプライシング
・ペネトレーションプライシング
・キャプティブプライシング(バンドルプライシング)
・コストリーダープライシング
一物多価プライシング:ダイナミック、顧客別、ボリュームディスカウント
同じ製品であれば基本的にはひとつの価格で販売する手法が一物一価となりますが、同じ製品でもいくつかの価格に分けて販売するのが一物多価戦略となります。この戦略のメリットは自社の機会損失を減らし、より多くの売上を得ることができ、販売単価における固定費割合を薄めることにもなります。固定費比率の高いビジネスでの恩恵は大きくなります。デメリットは同じ製品・サービスにも関わらず、高く購入する顧客と安く購入する顧客が存在するため、ビジネスや商習慣次第ですが、あからさまにこれを実施することによって顧客からの信頼を失う可能性があることです。
いくつかこのプライシングモデルになる戦術を紹介します。『ダイナミックプライシング』は、需給バランスによって価格を変えていくプライシングとなります。需要が低く、供給過多のときには値下げをして販売し、需要が高く供給が足りないときには値上げをして販売します。ホテル、テーマパーク、航空券などで広く採用されている手法です。また身近なところでは、スーパーのお惣菜売り場で売れ残りを防ぐために夕方以降に値下げしているのもダイナミックプライシングとなります。その時によって需要の乱高下が大きく、値段の上げ下げで需要が変わりやすい製品・サービス(高い価格弾力性)において採用するメリットが出てきます。一般的に価格弾力性が低く、値段を上げ下げしても需要が変わらない生活必需品などでは効果が得られずリスクの方が大きくなりやすい傾向があります。実際に活用するためには、競合状況や市場の需要動向について精度高く把握する必要があるため、インターネット販売など過去の需要動向がデータとして分析できる販売チャネルである必要があります。さらに、近年ではAI予測を用いてその精度が高まり、より企業の機会損失を減らし、経営効率を高める可能性のあるプライシングとなっています。
顧客が捉える自社製品・サービスに対する価値によって価格を変えていく戦術が『顧客別プライシング』になります。このプライシングでは、その価値を高く感じてくれる顧客層に対しては販売価格を高く設定し、あまりその価値を感じてくれていない顧客層に対しては安く販売します。冒頭で紹介しているバリューベースプライシングにおいて、自社製品を高く評価してもらえる顧客をターゲットに対し、想定した価格で販売を行いますが、価値を感じていない顧客層での販売は伸び悩みます。それらの顧客層に対して、価格を下げて販売ボリュームを増やしていくという戦術になります。価値のある製品を値下げして販売することに抵抗がありますが、実施を検討せざるを得ない状況も発生し得ます。例えば、想定していたよりもターゲット層で感じられる価値が低い場合や、ターゲット層の顧客が少ない場合は想定売上に達することができず、損益分岐点に達しないことも考えられ、その打ち手として、価格を下げた新規顧客開拓となります。その時に注意すべきことは新規顧客への安値が、既存顧客に波及してしまい、全体価格が下がってしまうことになります。売上は増えたものの利益が減ってしまうことにより、ビジネスの継続が難しくなる恐れもあります。従って、顧客同士で購入価格が分からない仕組みでない限りはこのプライシングモデルを活用することが難しいものとなります。
購入する量や頻度によって価格を下げていくのが『ボリュームディスカウント』プライシングとなります。年間で決まった数量契約があれば需要予測も立てやすく効率的な製造、供給が可能となります。或いは、一度に纏めて購入してもらうことによって、梱包コスト、物流コスト、人件費を削減することができるため、そのコストを還元することが可能になります。顧客別プライシングと重なることもありますが、価格を下げる条件が明確になっているため、他の顧客が不当に請求されたり操作されたりしていると感じるリスクは少ないプライシングとなります。仮に、他の顧客が安く購入していることを知った顧客がいた場合でも安く購入するための条件を同様に提示することでプライシングの正当性を示すことが可能になり、ブランドや信頼の低下を防ぐことができます。特にB2Bにおける価格ネゴシエーションにおいては、このように取引条件やサービスを変えていくことによって、お互いに納得感のある交渉が可能になります。もちろん、自社としても、値下げするだけではなく、コスト削減などのメリットも出てきます。
スキミングプライシング
新製品の導入期において高値で販売し、早期に固定費などの資金回収を行うことを目的に実施します。スキミングとは『上澄みをすくい取ること』であり初期段階で想定価格より高くても買ってくれる顧客を狙ったプライシング戦術です。例えば、家電製品でも最初は定価のような価格で手が届かないけど、値下がってきたタイミングで購入するという経験もあるのではないでしょうか。一方で、高くても良いので発売日初日に欲しいので並んででも購入したという経験がある方もいると思います。企業としては、製品価値を高く評価するイノベーター、アーリーアダプター層をターゲットに高く購入してもらい、一巡したところで想定していた価格帯に慣らしていき、キャズムと言われる大きな溝を乗り越えてアーリーマジョリティ以降の一般層への販売を広げていくものとなります。価格弾力性が低く、他社との差別化がなされている製品で、一定の顧客層でのニーズが見込めるものにおいて初期の高価格戦略を取ることが可能となります。Apple社のiPhoneの販売手法が分かりやすいと思います。リスクとしては、競合がすぐさま同等製品を投入し、スキミングプライシングをせずに更に安い単価設定としてきた場合、自社が不適切な価格設定をしていたのではないかと思われ、顧客からの信頼を失墜させる恐れがあることになります。
ペネトレーションプライシング
新製品の導入期において安値で販売し、一気に市場シェアを奪いに行く戦術となります。スキミングプライシングが導入期での高価格戦略に対して、ペネトレーションプライシングは低価格戦略です。顧客にとっての価値が高く、本来はもっと高く販売できる製品であったとしても、導入期の売上拡大のスピードアップを図り、単位当たりの固定費を回収し、製造効率を高めていくことを目的とした販売手法です。ある程度シェアを確保し、ビジネスが確立してきた段階で値上げを行い、適正価値に応じたバリューベースプライシングに戻し、利益回収のフェーズに移行していきます。この手法を用いることが可能なビジネスは、販売量が増えることで単位当たりコストが下がるという規模の経済が成り立つこと、成長産業であること、差別化できる付加価値のある製品であること、低利益または赤字でも耐え得る資金力があることが求められるため、一般的に中小企業では難しい手法となりますが、資金を確保し、独自性のある製品であれば一気に市場に躍り出ることも可能です。最大のリスクは低価格販売しているうちに技術が陳腐化することで競合も同様の製品を持ち始め、想定していた顧客価値が低下してしまうことです。こうなってしまうと値上げができずに低価格戦略が長期化することになります。
キャプティブプライシング
カミソリの本体と替刃のように「主製品を低価格に設定し、付属品を高価格に設定する価格戦略」のことです。プリンター本体とインク、コーヒーメーカーとコーヒーカプセルなど必ず付属品を継続して販売することが可能なビジネスである場合に成り立ちます。メリットは顧客導入コストを低く抑え、購入ハードルを下げることができるため広い顧客へアプローチすることが可能になること、高いLTV(顧客生涯価値)を見込めることになります。デメリットは途中で付属品が高いことに疑問を持ち、他の製品に切り替えられてしまうことが挙げられ、これを防ぐために顧客とのリレーションシップを維持するためのコストがかかることになります。
コストリーダープライシング
エブリデー・ロー・プライシング(EDLP)とも呼ばれ、競合他社よりも低価格で製品やサービスを提供するプライシングです。生産にかかる原価(又は仕入れコスト)や運営コストを徹底的に抑えて、利益を確保する戦略となります。バリュープロポジション戦略を取ることができない市場、製品においてこのようなプライシングを取ることが可能ですが、これを実現させ競争力を持つには、大量生産による製造コストダウン、販売アイテムを絞り込むことによるオペレーションの効率化など、変動費、固定費共に他社を圧倒するコストダウン戦略が必要となります。
ここで紹介する以外にも価格戦略と戦術は多岐にわたり、自社が目指すビジネスモデル、製品戦略によって最適なプライシングを検討していかなくてはなりません。特にバリュープロポジションを軸にしたマーケティング戦略においては、自社視点と顧客視点の双方を理解しているマーケッターが最適なプライシング戦略と戦術について見出していく必要があります。様々な戦略・戦術を紹介しましたが、価値を売るマーケティング戦略としては複雑に考えず、先ずは顧客価値に応じたプライシングをしていくことが重要になります。
お読みいただきありがとうございました。