Uber徹底研究 -ゲーミフィケーション・行動科学編-
今回はUberのドライバー向けのアプリについて話をしていきたいと思います。
前回、前々回はこちら↓から
■Uberドライバーの特徴とは
ずばり、パートタイムのドライバーが多いことです。パートタイムドライバーはドライバー全体の半数以上を占めています。
出所:モビリティサービスによる社会変革
Uberのように、非正規雇用で単発の仕事が多い労働者を抱える企業は、労働者に圧力をかけて仕事をさせることはできません。そんなことをすると、Uberのドライバーは嫌がってドライバーを辞めてしまうからです。辞めたドライバーは競合のLyftのドライバーになってしまうかもしれません。そのため、仕事を少しでも楽しくモチベーション高くしてもらうために、Uberは仕事に「あること」をしました。
■Uberが使った魔法 ゲーミフィケーション
その「あること」とは、「ゲーム化 (ゲーミフィケーション)」です。
皆さんはテレビゲームやスマホゲームに熱中したことはあるでしょうか。
ゲームをついついやってしまう、ワクワク興奮しながら取り組みたくなる気持ちの裏には、ゲームとしてよくできた仕組みがありました。このゲームの仕組みをゲーム以外の物事に応用しようというのがゲーミフィケーションです。
ゲーミフィケーションは例えるならば、タスクの「ポケモン化」です。そのポケモン化を説明するために、ポケモンとゲーミフィケーションに共通している要素を、ゲームの基本サイクルとともに見ていきます。
ゲームの基本サイクル
1.目的と目標を設定する
2.行動を選択する
3.目的を達成する
ポケモンの場合を考えてみると
1. ポケモンマスターになることが目的で、そのためにジムリーダーを倒したりポケモンを次々と収集していくことが目標です。
2. 育成したり戦ったりするポケモンを選択し、さらに対戦ではどの技を使うのか選択します。
3. ジムリーダーを倒したり、ポケモンを収集したりして目標を達成し、最終的に目的を達成していきます。
さらに上記1~3のサイクルを加速するのが以下の2つです。
・可視化:全体像および現状を見えるようにする。
・報酬:ゴール・目標達成により報酬(金銭的、心理的、物質的報酬)がもらえる。
それぞれポケモンにあてはめると、
可視化の例:
・ジムリーダーを倒して得たバッジを確認できる(全部で8個のうち、現在何個かなど)
・ポケモン図鑑で何をどれだけ集めたかを見ることができる。
・敵のポケモンを攻撃するとHPが減る
報酬の例:
・ジムリーダーを倒すとバッジがもらえる
・四天王を倒すと殿堂入りする。
・伝説のポケモンと呼ばれる希少性の高いポケモンを収集できる
・ポケモンをレベルアップさせると新しい技を覚えたり、進化する
また、上記要素以外にも、友人とポケモンを交換したり、対戦できるところもゲームに熱中する重要な要素だと思います。
それでは、どうすれば「ゲーミフィケーション」をビジネスで実現できるのかについて、Uberの事例をもとに考えていきます。
■Uberのゲーミフィケーションの活用事例
・クエスト
Uberはドライバーにインセンティブを与える方法も優れています。このインセンティブ設計にはゲーミフィケーションが用いられています。例えば「クエスト」と言って、ドライバーが週に何回顧客を車に乗せたかによってボーナスが支給される制度もあります。
出所:Uber Quest Review: Tips, Tricks, Strategy, Hacks & Earnings
このクエストにはいくつかのタスクが書かれており、次々とゲームのミッションをクリアしていく感覚で仕事ができます。
クエストには上記のゲームの基本サイクルや可視化・報酬が明確に組み込まれています。
出所:Uber Quest Review: Tips, Tricks, Strategy, Hacks & Earnings
・バッジ
Uberのドライバーアプリは、ドライバーが乗客を乗せた後には乗客からの評価・バッジをもらえる設計になっています。
出所:Uber Driver Compliments - A Fun Way for Riders to Show Appreciation | Uber
ところで、なぜバッジには人の行動を促進・継続させる効果があるのでしょうか。
そこには行動科学、行動経済学の観点から秘密があります。
バッジを獲得していくと、このバッジは自分が頑張って手に入れたという想いを生むことがあります。このように頑張って手に入れた想いが生まれるような効果を行動経済学の研究者のダン・アリエリーは「イケア(IKEA)効果」と呼んでいます。イケアで買ってきて自分で組み立てた家具のように、人は自分で頑張ってつくったものを過大評価する傾向があります。さらに、もし自分が獲得したいバッジが希少性の高いものであれば、そのバッジに対する想いはより強くなります。そのため、仕事へのモチベーションが高まり、またバッジは乗客からの評価であるため、ドライバーの承認欲求を満たす効果もあります。
・ボーナスチャンスのマッピング
またドライバーのアプリ上にある地点が示され、そこに行くと報酬が何倍かにアップする仕組みができています。
出所:The New Driver App | Case studies | Design at Uber
まるでPokémon GOしてるように顧客をピックアップできるのです。
補足として、当然ながら乗客の配車場所までのルートも丁寧に教えてくれるため、運転免許証を持って運転ができれば原則的に誰でも仕事ができます。
出所:The New Driver App | Case studies | Design at Uber
・日本ではUberEATSでクエストを実行可能
食べ物を運ぶUberEATSでも同様のクエストがあります。このクエストは日本でも実行できます。少し脱線しますが、僕がよく行くジムでずっとエアロバイクをする人がいて、その人とUberEATSを関連付けた時にある事に気付きました。
それは、UberEATSで自転車を漕ぐのと、ジムでエアロバイクをしているのとでは、身体運動がほぼ同じにもかかわらず、お金をもらう立場と払う立場に分かれているということです。今後はこのように、段々と働くこと、運動すること、健康になることなどの境界がなくなっていくのではないかと思います。1つの目的を果たすのではなく、複数の目的の達成を目指すのことが増えてくるのではないかと予想しています。
■ゲーミフィケーション以外にもまだまだある Uberの取り組み
それでは、ゲーミフィケーション以外にも行動科学の観点からUberの取り組みを紹介します。
・タスクの事前割り当て
Uberドライバーが日頃、最も嫌がっていることは、仕事時間中に客がなかなか見つからず、結果的に長い空き時間ができてしまうことです。
そこでUberは「forward dispatch(事前割り当て)」という機能をドライバー用のスマホアプリに追加しました。
この機能では、ドライバーが現在の仕事を終える前に、次の仕事をアプリ画面上に提示し、ドライバーの承諾を得た上で、その仕事を割り当てます。これによりドライバーが手持ち無沙汰になることを防止しています。
このような事前割り当ては、人には今まで自分がしてきたことを変えたくない傾向(行動的モメンタム)を利用したものと考えられます。仕事中に次の配車までの時間が空いてしまうと、そこで当日の仕事を辞めようかという選択肢が生まれますが、次の配車が入ってしまえばそこで仕事を辞めづらくなります。空白の時間を生まないことにより、Uberはドライバーが継続して仕事に集中できる環境を作っているのです。
・目標達成に向けた通知
Uberはドライバーの一部の人には売上目標を立てる傾向があることに気がつきました。そこで、Uberはこの傾向をドライバーの「ログアウト時」に活用しました。
ドライバーが仕事を切り上げるためにアプリからログアウトしようとすると、「目標達成まであとわずか」と通知し、ログアウトを思いとどまらせるのです。
この事例をFBM(Fogg Behavior Model)というフレームワークを用いて整理します。FBMでは、人間の行動が生まれるための要素を下記の3つに分け、これらが同時に必要な状態にあれば行動が起こるとしています。
1. モチベーション(動機):喜び,苦悩,希望,恐れ,社会的受容,社会的拒絶などの要因によって上下する。
2. アビリティ(可能性):行動が可能な能力。スキルだけではなく、行動に必要な時間やお金なども含まれる。
3. トリガー(きっかけ):簡単にする,通知する,動機づけするの3種類。
これら3つの要素の関係を示したのが下図です。
図:フォグ式消費者行動モデル:The Fogg Behavior Model
ポイントはトリガーが発生する位置です。トリガーがアクションラインよりも右上の位置で発生した場合、ユーザーは行動を起こします。その点、Uberの通知は目標達成までに必要なアクションとそれによる報酬を明確にしているため、実行可能性が高く、モチベーションを高めてドライバーの稼働率・稼働回数を上げられると考えられます。
Uberドライバーの労働形態のように、プラットフォームを介して働く形態がますます広がるなか、同社の試みは心理学的なアプローチが労働者を管理する有効な手段になると示す一例であるといえます。
Uberは従業員の力をより多く引き出すため、行動科学を活用してきました。しかし、そこにはいくつかの懸念点もありました。
■行動科学的アプローチへの懸念点
米国では企業は従業員を手厚く保護するべきだと考えられており、特に最低賃金や時間外手当を支払うことは重要視されています。
しかしUberに対して、労働者は法的にも倫理的にも守られていないという声も挙がっています。ドライバーは個人事業主という立場であり、雇用に伴う保護はほぼ受けていないとも言われています。
保護の観点だけでなく、労働への対価についても指摘があります。
経営学者のケビン・ワーバック教授は、「ゲーム化はギグエコノミーにおいて、労働者同士のつながりを構築するなどよい面もある。一方で、乱用は不十分な対価で労働者を支配するという危険性がある」と指摘しています。
Uberにとっての理想は、極端に言えばドライバーが0円で働いてくれることでしょう(だからこそ自動運転の開発もしているわけで)。一方でUberにとっての脅威はドライバーが離職することでしょう。そのため、Uberにとってはドライバーに金銭面以外のモチベーションで楽しく継続的に働いてもらうことが最適解だと考えられます。
それでは、上記のような行動科学的アプローチについて、実際にライドシェア業界の中にいる人たちはどのように考えているのでしょうか。
Uberの経済・政策研究分野を率いるジョナサン・ホールは、「どれだけ心理的な傾向を利用しても、人々がゲームをどれだけ長くプレイするか、もしくはどれだけ長くUberの仕事をするか「効果は限られている、おまけ程度だ」」と言います。
また、Lyftのプロダクト責任者ケビン・ファンは、「ドライバーたちからは、最も嫌なのは長時間仕事がないことだと言われ続けている。客足が伸びなければ彼らは仕事を切り上げる。われわれはドライバーが常に忙しくなるようしたい」と話します。
Uberはゲーミフィケーションを用いても、その効果は限定的だとしていて、Lyftはドライバーのためを思ってやっていると主張しています。
結果として、Uberのドライバーは不充分な対価を受け取る可能性があります。ただ、難しいのは何をもって不十分な扱いと認定されるかです。Uberのドライバーの半分以上はパートタイムであり、自分の都合の良い時間に働ける分、多少は労働への対価が低くても構わないと思っている人も多いかもしれません。また、Uberが行動科学的アプローチでドライバーを働かせようとする取り組みと、ドライバーが好き好んで自発的に働こうとするのは紙一重です。そのため、どのような状況に対して、どれほど不十分な対価となるのかが今後もポイントになると思います。
■さいごに
今回はUberのゲーミフィケーション・行動科学に基づく取り組みを紹介・考察してきました。
ゲーミフィケーションは上手く使えば人生をより豊かにしてくれると考えられます。
集中した状態の「フロー現象」で有名な心理学者チクセントミハイは、ゲームが私たちの生活に新しい活動をもたらす最も効率的で安定的な源だとするなら、なぜ現実世界はこのようにゲームと似ていない面が多いのかと疑問に思いました。
図:フローモデル
ゲームがこれほど明確でより良い代替案を示しているのに、なぜ私たちは生活の大部分を不必要な退屈や不安の中で過ごさなければならないのでしょう。「もし幸せにしてくれるものを私たちが無視し続ければ、日に日に勢いを増している非人間的な力の永続を自ら率先して助長していることになる」とチクセントミハイは述べています。
その解決策は、チクセントミハイには明白なようです。つまり、現実の仕事の仕組みをゲームのように変えていくことで、より多くの幸福を生み出すのです。ゲームは各自が自由に選び、能力を極限に活用できるようなハードな仕事の作り方を私たちに教えてくれますし、ゲームで得た教訓は現実世界に応用することができます。私たちにとって喫緊の問題 -抑うつや無力感、社会的孤立、無意味なことばかりしていると言う感覚には、ゲームフルな仕事をもっと毎日の生活に取り入れることで効果的に対処できるでしょう。(「幸せな未来は『ゲーム』が創る」より引用)
このようにゲーミフィケーションは、日々の仕事を充実させる1つのポイントになるでしょう。今回のUberの取り組みは、自分の仕事などへのモチベーションを高めるのにも有効かもしれません。
[参考文献]
・How Uber Uses Psychological Tricks to Push Its Drivers’ Buttons - The New York Times
・ドライバーを仕事に駆り立てる、Uberのブラックなしかけ
・お客の評価で「バッジ」獲得! 運転手アプリはゲーム要素が満載|行動経済学を活用したUberの成長戦略(中編) | クーリエ・ジャポン