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幼児教育の費用は、誰が負担すべきか?「無償化」の意義について考える。

こんにちは、Tajiyyyです。
保育業界のスタートアップ企業にて、PdM(プロダクトマネージャー)をしています。

今回のテーマは「幼児教育の無償化の意義について」です。
無償化に取り組む理由は、親の負担を軽減することによる少子化対策だけが語られがちですが、子どもの成長を社会として支援することには、その他にも十分な意義があります。(というのを、これまで私自身あまり知りませんでした。)

今回は、幼児教育にどんな意義があるのか?またその根拠とされる研究をご紹介します。

■1.無償化とその背景

幼児教育の無償化とは、「3~5歳児クラスの幼稚園、保育所、認定こども園等の利用料が無償になる」というものです。2019年10月に始まりました。

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※上限や含まれない費用もあるため、詳しい条件は内閣府のHPをご覧ください。

そして無償化に取り組む背景として、内閣府発行の「新しい経済政策パッケージ」「経済財政運営と改革の基本方針2018」では、以下の2点が説明されています。

【1点目】
子育てと仕事の両立や、子育てや教育にかかる費用の負担が重いことが、子育て世代への大きな負担となり、我が国の少子化問題の一因ともなっている。このため、保育の受け皿拡大を図りつつ、幼児教育の無償化をはじめとする負担軽減措置を講じることは、重要な少子化対策の一つである。
【2点目】
また、幼児期は、能力開発、身体育成、人格の形成、情操と道徳心の涵養にとって極めて大切な時期であり、この時期における家族・保護者の果たす第一義的な役割とともに、幼児教育・保育の役割は重要である。
(中略)
さらに、幼児教育が、将来の所得の向上や生活保護受給率の低下等の効果をもたらすことを示す世界レベルの著名な研究結果もあり、諸外国においても、3歳~5歳児の幼児教育について、所得制限を設けずに無償化が進められているところである。

…2点目後半の、「世界レベルの著名な研究結果」とは一体何でしょうか?
保育業界に従事する身として、ぜひ知っておきたいと思い調べてみました。

すると、これまでの研究によって、「幼児教育」は子どもの知能指数のみならず、意欲、忍耐力、協調性を含む、社会情緒的能力と呼ばれるものを改善し、子どもの人生に大きな影響力を及ぼすことが明らかにされてきたそうです。
今回はその中でも最も有名なプロジェクト研究を取り上げ、幼児教育の効果から、無償化の意義を紐解いていきます。

■2.ペリー就学プロジェクト

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幼児教育の研究を大きくリードした1人に、シカゴ大学のジェームズ・ヘックマン教授がいます。ヘックマン教授の一連の研究は、アメリカ社会に大きな影響力を持ち、オバマ前大統領の「幼児教育政策」を方向づけたと言われています。

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中でも最も有名なのは「ペリー就学前プロジェクト」です。
1962〜67年に、3〜4歳の低所得の黒人家庭の子どもたちを対象に、12〜15時間/週の教育を受けさせました。また先生が週1回の家庭訪問を行い、子育てについてのアドバイスを保護者へ行いました。
※内容の充実もさることながら、先生はみな4年生大学を卒業し、州政府が認可する幼児教育の資格も持っている先生方だったようです。

そしてこのプロジェクトでは、「子ども」の認知能力や社会情緒的能力を測定の対象とするだけでなく、被験者が40歳に至るまでの長期追跡調査を行っており、「大人」になってからの生活状況も詳しく調べています。

幼児教育の社会実験を行うという発想はもちろん、40歳に至るまで追跡調査を行うという気の長さ。人間を深く知ろうという情熱と根気に圧倒されますね。

■3.効果はいかに?

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ペリー就学前プロジェクトの短期的な効果は目覚ましいものでした。
5歳時点で評価した知能指数、学力テストの点数は軒並み大幅に上がり、情緒面で見ても勤勉さが改善されました。

ただ、知能面に対する効果は長続きしなかったようです。
8歳時点ではほぼ消えてしまいました。この結果、ちょっと残念な感じがしますが、実は多くの幼児教育プログラムに共通して現れるパターンです。大抵の幼児教育プログラムは、実施直後に大きな効果を見せますが、小学校入学後、2〜3年経つと、知能指数に対する効果が消えてしまうことが広く報告されています。

しかし、知能に対する影響が早々に消えてしまうことをもって、幼児教育に効果がなかったと結論づけるのは早計です。
40歳になるまで追跡調査を続けた結果分かったのは、幼児教育は将来の高校卒業率を引き上げ、大人になってから仕事に就いている確率を上げ、所得を増やしたということです。さらに生活保護受給率を下げ、警察に逮捕される回数も減らすなど、さまざまな社会生活面で大きな効果を上げたことが明らかになりました。

幼児教育の効果は、非認知能力や社会情緒的能力にあるようです。周囲の人々との間で軋轢を生じさせる問題行動を減らせるようになったことで、暴力犯罪への関与や失業を大幅に減らすことに繋がったと見られています。

■4.得をするのは、教育を受けた本人だけではない

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このプログラムが発見した成果は、幼児教育による生涯労働所得の増加、犯罪の減少、社会福祉利用の減少などです。
特に経済的利益の半分は、犯罪の減少に由来するもの。犯罪は社会にとって大きな費用を生み出します。犯罪被害だけでなく、収監費用や司法,警察活動に関わる費用など様々です。

生涯所得の増加は、教育を受けた本人が得る利益ですが、犯罪の減少から得られる利益あるいは費用の節約は、社会全体が薄く広く受け取っています。教育によって得をするのは、教育を受けた本人だけでなく、社会全体であることが明らかになったと言えます。

■5.おわりに

この研究は、「幼児教育の費用を誰が負担すべきか?」の問いに、ひとつの手掛かりを与えてくれます。

ペリー就学前プロジェクトと現在の日本の状況は大きく異なり、既に不満がないほどには手厚い幼児教育が施されています。その費用は、子ども自身のために親が負担すべきという意見にも筋がありますが、社会全体が得をするのだから、社会全体がその費用を負担するという理論も成り立ちます。
つまり、幼児教育に税金が投入される無償化には、一定の経済学的な合理性があり、内閣府の指す「将来の所得の向上や生活保護受給率の低下等の効果」とも紐付くことに納得できました。

以上、ありがとうございました。


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