19章 : 超大国へ挑む vol.2 (1) MOS、 颯爽と登場す 。
バリで集合した日本の経産省と外務省と議員の一行は、チモール島まで国内線で移動し、インドネシア海軍のヘリに乗り換えて飛び立った。
ロテ島にヘリで飛んでくると、その湾内に浮かぶ巨大な長方形に気がついた。まだ1枚に過ぎないが、別の島も含めて5枚が揃う予定だった。今日は冷凍と冷蔵のコンテナハウスを船舶で運んできており、この長方形の中央部に据え付けるのだと言う。
この「板」はMobile Offshore Solar(MOS) と名付けられた。主目的は太陽光発電を行うためだが、生け簀を水中に作り, 魚の養殖も行えるようにする。その養殖業者の選定をインドネシア政府が行っていた。このMOS、北前新党によって国際特許出願が出されていた。
ヘリがゆっくりと「板」に降りてゆく。
天候は曇りだが、塗料を塗っただけの鉄板なので、まず表面温度を確認する。問題なしということで甲板上に降り立ってゆく。
全員サングラスをしていたが、幸乃と志乃は童顔なので似合うようで、似合っていなかった。子供らしさが一層引き立っていた。方や、秘書兼通訳の小森さんは格好良かった。さすがスッチー、オーラが違った。姉妹は小森さんと並ぼうとしない、しかし小森さんにしてみれば2人の秘書でもあるので近づいてゆく。
「さっきから何してるのよ!」愛知と岐阜の議員に言われて、姉妹は小森さんから逃げるのをやめた。経産省が委託したダイバーが、下に着ていた水着姿になって水中メガネと足ひれをつけている。潜って「板」下の構造を写してくるのだろう。水産庁の役人も潜って、海洋生物の調査の準備を始める人と、水質チェックの為の海水サンプルを取り出す人がいた。
議員はポツンと固まっていた。
「思ったより揺れないですね・・」
「波はそこそこあるのにね。マレーシアの石油会社の技術なんですって。海洋油田開発のノウハウがある会社で、海底との固定と分離が簡単に出来るそうよ。それだけ面積があるからでしょう」
幸乃はモリから聞いた知識を披露する。・・ってことは、私が担当するの?
「これで風車4本分・・それで洋上風力発電よりも1/3のコストで済む。しかも養殖可能って、なんですかね、このなんでも使えまっせ的なノリは」
「つなげれば滑走路にもなる。モリ幹事長はいずれ、辺野古代替とFCLP訓練基地にしようとしている。インドネシアではそんな実験はできないけど、今年は発電と養殖ビジネスの実証実験をはじめる。中国の厦門沖合いと、沖縄と北海道で始めて、その次に滑走路実験を自衛隊が行う流れね・・」
「沖縄の場所によっては、中国が煩そうですけどね」
「だから厦門にも設置するんじゃないかな。「これ滑走路にも使えるんじゃないですか」みたいな感じで中国の人から言わせて。台湾軍との合同練習も考えてるみたいよ。だって、この板は動かせるんだから・・」
「すごいですよね。エンジンとスクリューをつければ空母にもなる」
「空母って言うと憲法に抵触する恐れがあるので、海上基地よね。移動可能な」幸乃が自分で言って身震いした。国会議員はこの上に立って想像してみるべきだと思った。経済と防衛と2つの役割を担うこの「板」の重みを。
その頃、バンドンの茶畑にトラックが次々と到着し、太陽光パネルが積み上げられていた。
ジャカルタ支店の日系会社の設置業者とタタエナジーの技術者が作業を始めてゆく。日本から運びこまれたパネルは全体の1/5に過ぎない。残りは船便で向かっており、フィリピン沖を航行中だった。設置が完了するまで時間の掛かるのも、それだけエリアが大きいと言うことだ。
明日は日本の外交団が視察に来る。それまでにある程度の数量が設置できればと思っていた。
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北京空港に到着した中国首脳陣に、報告が届いた。インドネシア訪問中の日本外交団がロテ島の湾内に浮かぶフローティングボートで調査、視察中とのこと。同時にバンドンの茶畑で太陽光パネルの設置が始まった模様。パネルメーカーはPanas・nic。発売開始した最新の太陽光パネル。 主席は外相にレポートを渡した。
「このボード上に太陽光パネルを敷き詰めたら、どのくらいの電力が賄えるのだろう?」
「内相が計算させた所、我が国の風力の4基分に相当するようです。コストは半分位ではないかと」
「すごいじゃないか。海上風力よりも安全で安い。今後の自然エネルギーの主力になるのではないか」
「それが、どうも万能ではないらしいのです。例えば、我が国では厦門や香港だけしか使えません。工業港の無い湾内で航路から外れている所。しかも太陽光ですから、南の方が好ましいとのことです」
「では、我が国全体の電力をこれで賄うのは難しいと?」
「残念ながら、そうなります。インドネシアや日本のような諸島国家には向いているのでしょうが」
「またモリか。電気自動車といい、どうして次から次へと考えつくのだろう、あの男は・・」主席は苦笑いしている。
「電気自動車とこの巨大な板もそうですが、モリに依頼しましょう。我が国も咬ませて欲しいと」
「そうだな。太陽光パネルも物量が伴えば生産コストも下がるだろう。パネルの共有先を増やして、我が国もコストを下げねば、日本企業にやられるかもしれんな・・」
「そうですね。そこは内相が既に対応していると思いますが」
当初、中国政府はチモール近辺で日本が地熱発電事業をするのでないかと見ていた。しかしインド企業がロテ島へパネルを持ち込み、組み立て始めたのを知った。同時に、このインド企業がジャカルタに電気業の支店を開設し、バンドンで作業に臨んでいるのを知る。更に、使われる太陽光パネルは日本製だ。島の大きさに比べれば街も人口の規模も少ない島だが、ロタ島全域の電力がこれで賄える事になる。まさか更にMOSが増えて、チモール島の電力まで賄う計画になろうとは思っても見なかった。来月になってから、気付くことになる。
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スウェーデンのストックホルムアーランダ空港に到着する。
ウレタと車を降ろすのが目的だったが、首相に出迎えられてしまう。ウレタが露骨に嫌な顔をしているが、こちらにはその顔が出来ないのが残念でならない。来月のスーパーマーケットの開店に合わせて訪問しますと、嘘くさく回答する。もし本当に来たらばウレタが待ち構えているだろうし、そこはよくよく考えねばならない。
ウレタを日本の環境政策のオブザーバーとして迎え入れ、アジア各地に連れて行くつもりですと伝えて了承を貰ったが、別にウレタはスウェーデン政府とは関係ないので、敢えて言う必要もなかったらしい。
娘達が別れを惜しむように抱きしめあっているのだが、お互いで近づくだけの出来事があっただろうかと訝しんでいた。「モリさん、またね!」と手を上げて、グレタは入国審査に向かっていった。
「モリさん、行きましょう!」娘達にからかわれながら、C2に乗り込んでゆく。丁度、グレタに進呈するPajeroに地上員が乗り込んで、運転していくのが見えた。あれで済んだのだから、安いものだと思った。
娘3人との家族構成となり、少し気分も落ち着いた。
何より、首脳が居ないモスクワだ。余計な面会も無く気分がラクだ。それに、今回初めてモスクワの家に宿泊する。持ってきた2台のエンジン車は大使館員に運んで頂く。もう一台のPajeroはモスクワの日本大使館で使ってもらう。空荷になったC2には、ウクライナとロシアの加工食料品をごっそりと積んでゆく。全国の北前新党で消費して味を確かめる為のものだ。各県で採点チェックして貰い、評価の高かったものをスーパーの店頭に並べる。
こういう時、女性議員の政党は凄く助かる。おそらく素敵なレシピを思いつくだろうから。
ひとり荷室に座ってシートベルトを閉め、離陸を待ちながらノートを読み返し始める。
今回の外遊もあと2日だが、不測の事態もあったし、予想外の投資も生じた。しかし、総じて結果は良かったのではないかと自己判定した。一つだけ未だに悩んでいるのは、対中国政策を大統領に話した事だ。
ウクライナとバ・デン家の話を知っているのは確かにフェアではない。ならば、対等になるかどうかは別として、日本の誰にも言っていない中国政策を伝えることでイーブンにしてやろうと判断した。中国の勢いを削ぐのが目的だが、実際は削げないかもしれない。こればかりはやってみなければ分からない。それでも、日本の事業としてはある程度の成功は得られるだろうと見ていた。何しろ、食料品と車だけでは国の経済を脅かすことは出来ない。
電力事業を始めとして、他にも様々な製品やサービスを投入して行かねばならないだろう。それも、中国資本と競合しながらである。全てが勝利を収めるはずがないのも、当然の摂理だ。
ホットラインならぬ、オンラインでの定期会談の機会を得た事を考えれば、上出来なのだろうが、果してアメリカとの共同戦線がどうなってゆくのか、検討もつかなかった。
モスクワの家に着いたら、ウクライナ政府とネット会談し、ガスプロムとの協業要請を伝えなければならない。それが終われば、モスクワでは平穏に過ごすことが出来る。
1泊2日のロシアで疲れを取り、北海道入りしなければならない。これまた厄介な御仁が待ち構えている所に行かねばならない。何の罰ゲームなのかと思う。 何度も思うのだが、去年の今頃は教壇に立っていたのだから。
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CNNで、スウェーデン政府と会談している映像が流れていた。ウレタをアドバイザーとして日本が招き入れると報じている。ウレタが即答したのが、意外だった。この娘達まで仲間にしたのかと思う。短時間で大統領も虜にしてしまった。このモリと言う男にどれほどの魅力があると言うのだろう。
副大統領、上院と長年に渡って支えてきた国務長官には、自分以上の存在のようにモリを扱う大統領に驚いた。モリの間でどんなやり取りがあったのかも、分からず仕舞いだ。
尋ねても、大した話ではないと大統領は言うし、そのクセ、娘の留学の話に、家屋提供、更にはホットライン的な定期会談まで要請した。急に親しげになった背景には、何かしら重要な話があったに違いないのだが、そこが今一つ釈然としない。
日が改まり、中国の情報を欲し、台湾への支援策を求めるようになった。前政権のような対中強硬策を目指すかの食いつきようだ。民主党政権も中国には強気の姿勢だと見せることで、国内分断の修正を図ろうという民主党右派のプランに片寄りつつあるようだ。
また、台湾に領事館や連絡事務所のようなものを設置すれば、中国が態度を硬化させるのは間違いない。それ以外の手段として、前政権同様の武器の提供、国防長官の訪問と言った所が無難でしょうと言うと「他にはないのか」と真顔で聞いてくる。
この変化は中国について議論があったと考えていいだろう。ただ、モリが実は中国寄りで、ダブルスタンダードを企んでいる可能性も捨てきれない。アメリカが対中政策で硬化した姿勢を見せて、その隙を突いて日本が油揚げを攫ってゆくのも、十二分に想定しなければならないだろう。
あの男は油断ならない。何しろ、大統領とだけ会話して帰ったのだ。
記者達はホワイトハウスを杜家が立ち去ったのに気づかなかった。昼食を食べると聞いていたので無警戒だった。慌ててホテルに移動した時には、既に空港に移動していた。 アメリカの記者団は完全に煙に巻かれたのである。
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北京とモスクワから、然程時間を置かずに専用機が到着した。
首相、副首相、副外相で出迎える。
そのまま車に乗り込んで函館アリーナへ移動する。晴れであれば五稜郭だったのだが、雨が降りそうなので室内に変更して歓迎式典を行う。そこで天皇皇后両陛下が両国の首脳を出迎える。
ロシアと中国の首脳は黒塗りの高級車に乗り込んだが、日本の首相達が乗ったのは、ある程度の人達が見れば「あれ、何処かで見たぞ?」というセダン車だった。当時のCMでアクロバット走行をしていたデザインの車は電気自動車で、その先代となる少しレトロなデザインの車はクリーンディーゼルエンジン車だった。大臣は電気自動車へ、お付きの者はディーゼル車で後を追う。
この会社の本社がある藤沢工場では、自社の乗用車が宣伝された事で一斉に歓喜していた。当然ながら函館アリーナまでの経路に函館市民が出てロシアと中国の国旗を振っている。
そこを黒塗りの車の後を、ネイビーとガンメタリックのGEMINIに乗った総理大臣達が手を振っている。あれは我が社の乗用車なのだ。
社長を始め、幹部たちは泣いていた。これは最高のCMだと。世界中へ発信されているだろう。ホワイトハウスに横付けされるPajeroも凄かったが、この放映によって、本社の広報部と各販売店に問い合わせが殺到する。日本ではいつ販売するのかと。幹部たちはモリの言う通りになったと思った。
幹部会で日本での販売を決断すると、国内販売部門へ指示を出した。販売部門は最初からそのつもりだった。国内販売の段取りはとうに済んでいたのだ。発売は来月となった。
乗用車製造ラインが藤沢工場に復活することが決まった。
(つづく)