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(6) サラの決断と、更なる軍資金確保へ(2024.7改)

認識されていない車両が家に近づいてくるのを、AIがアラーム音で知らせる。
リタが警備用のシステムを再チェックしていると、一機の哨戒ドローンが庭から飛び立っていった。ドローンが送ってきた映像を、ソムタム作りをしていたメイドたちが眺めている。

「マスター、タクシーです。旦那様のお客様ではないでしょうか」 ラングーンの邸宅から一緒にやって来た兵士見習い兼メイドのサラが、リタに報告する。

“やはり、サラにしよう。旦那様も満更じゃないようだし”とリタは思っている。
学習能力もメイド達でもトップクラスで、運動能力も上位に位置する。一方で、義姉と妹は「大人の女」に拘る。日本人女性への対抗意識でもあるのだろうか?とリタは疑っていた。
シャン族の女は夫や男性に尽くし、そして磨かれる。サラは一方的に旦那様から学び、成長してゆくだろう。内乱時であれば良い戦士になっただろうが、平和が訪れた今となっては故国の英雄の為に尽くし、磨かれれば良い。資質に恵まれたサラはマスター候補でもあり、旦那様の子を宿せば、シャン族のリーダーになれる可能性もある・・・リタはモニターを見ているサラに近づいていった。

タクシーが門の前で止まって、3名が車から降りてきた。哨戒ドローンがメンバーの中に訪問客のデータとマッチしたとして、警戒レベルを通常時に下げた。リタはメイドたちに告げる。

「お客様を玄関で出迎えて、応接へお通しして。荷物はカメラ類だろうから持たなくていい、ユンとケイの2人でお願い。サラはお客様が来られたと旦那様に伝えてきて。3人以外は呈茶とお菓子の準備、お客様への呈茶後は、全員で昼食の準備をしましょう」

「分かりました」と皆が口を揃えて言う。

”旦那様担当” に指名されたサラは、やはり嬉しそうだ。“この子に決定”とリタは思う。サラがもう少し歳を重ねれば、素敵な淑女になるのは間違いない、旦那様が溺愛しているレイコやアン達の様に・・

***

Asia Vision社の取材チーム3名は、邸宅の広さに目を見張る。

「これを撮っちゃいけないんですかぁ、もったいねーなぁ」
カメラマンが小此木記者に訊ねると、小此木が頷く。
「“ビルマの未来を担う日本人”ってタイトルで、この家の映像を流したいのは山々なんだけど、建物だけで簡単に場所が特定できちゃう時代だからね。それこそ、日本人が荒捜ししそうでしょ?」

「そーっすねぇ・・」照明・映像音声記録係が同意しながら、トランクの荷物を背負った。

少女2人がバギーに箱乗りして門に近づいてくる。
「おっ、カワイイ。メイドさんかな? あれワンピースだよね? 残念、メイド服じゃないんだ」「いやいや、メイド服なんか着てんのは、アニメだけだろ?」

「あれは、PBで売ってるワンピースね。私も持ってる」
3人で言ってるうちに、2人がバギーから飛び降りた。その際一人の白い大人びたパンツが見えた。カメラマンと音響担当は眼福そうに満足した顔をしているが、小此木は少女の太ももが体操選手のように発達しているのに驚いた。可愛い顔して、鍛えているの?と思った。

"チラ見せ"の少女はお辞儀の後で、英語で話し出す。
「いらっしゃいませ。お待ちしておりました。宜しかったら荷物をバギーに載せて下さい」
「英語は何処で習ったの?」 驚いた顔で小此木が少女に訊ねる。

「シャン族の私達の村は、お年寄り以外は全員話せます。村の皆はプロテスタントでして、教会の牧師様は村の中では言葉で不自由しません。今の牧師さんはスイス人ですけど、その前はオーストラリアの方で、その前は全員英国の方でした」「そうなんだ・・」
「では、参りましょう」話した娘が先頭に立った。客人3人を間に挟んで、荷物を積んだバギーと少女が最後尾を歩く。
「落とさないで、ゆっくりね」
「任せて下さい、ケイさん」 と、両者が話しているのも英語だった。

「そっか、日本は一瞬だったけど、ビルマは英国の植民地でしたもんね」とカメラマンが言って、2人が“何をいまさら”と言った顔をした目で見る。
庭は洋風と言うより、日本の庭に近い印象がある。植えてある木はビルマのものだろうか、タイの植生とは異なるように見える。花や草は沖縄で見たことが有るものばかりだ。

「こちらに来て、ハイビスカスとブーゲンビレアを見なかったんだけど、ビルマにもあるの?」

「綺麗な花ですよね​。宮古島から苗と鉢を運びました。タイ南部にもあるみたいですけど、この種類の方が綺麗だって皆さん仰ってます」

「宮古島の花なんだ・・。モリさんは宮古島に住むんだっけ?」

立候補届提出時の住所を知っている小此木は、ワザと質問する。

「いえ、お住まいになるのは与那国島と沖縄本島の南部と聞いています。コロナで廃業した宮古島と石垣島のビジネスホテルを所有されているとも伺っていますが、そちらはどうされるのかまでは伺っておりません。私達も沖縄へ行くのですが、みんな初めての海外なので楽しみにしてるんです」

「え?じゃあ、この家の留守番は誰がするの?」

「日本から来られた方々が宿泊されています。庭の維持管理はバギー達が水撒きして雑草を抜いて、其のついでに家を守ります。ラングーンにも同じくらいの家が有るんですよ」

「予定ではラングーンに伺う予定だったんだけど、モリさんが首都に移動されたから、こちらに伺ったんです。2軒もあるとは思いませんでした」

カメラマンが言うと、少女が顔だけ向けてニッコリと頷いた。もう玄関前だ、話はそこで終わった。
***

書斎でPC経由で会話していると、ノックしてサラが入ってくる。
「旦那様、お客様がお見えになりました」
「元カノ登場~」PCが音声を発する。ラングーンの邸宅に残っている蜂須賀 翼が対話相手だった。「サラ、先生の隣から離れちゃだめよ。昔の女になんか獲られない様にね」 カメラで見ているのだろう、杏が英語で言う。

「そんな・・私は、同室までは認められていませんので無理ですよ」

「いいよね、センセ。サラをボディガードとして同席させて」

「リタに怒られるのはサラだぞ。可哀想だろう」

「じゃあ、PCかカメラを持ち込んで、ライブで見せてよ・・」

「後でニュースを見ればいいだろう。相手は系列会社の社員なんだぞ。護衛は要らないの、じゃあね」とノートPCを閉じてしまった。

「お待たせ、行こうか」  
サラが一歩前を歩き出すとココナッツの様な香りがする。日本人の娘達が使っているシャンプーをサラも真似たのだろう。妙齢の女性が使うと違和感を感じるが、健康的な若い娘達には合っていると思っていた。

「沖縄に行ったら、サラは何がしたい?」 
後姿に声を掛けながら、サラの右側に並んで歩き出す。顔をこちらに向けようとはしないが、横に並んだので嬉しそうな表情になった。

「みんなで買い物に行って競泳用の水着を買います。それで休憩時間にはプールで泳ぎの練習をします」
「泳ぎの練習って、そんなの今更でしょ? それに休憩時間に泳いだら、その後が疲れちゃうんじゃない?
確か、プールサイドに照明が付いてたから、夕食前とかに泳げばいいんじゃないかなぁ。まだ飲めないかもしれないけど、ビールが凄く旨くなるよ・・」

「泳げますけど、平泳ぎだけですし、川の淵ではそれほど距離が泳げません。クロールやバタフライを覚えたいんです」
「なんで?」
「あの・・マスターに内緒にしていただけますか?」
「え? 何か民族的な理由でもあるのかな? 実は、西洋式泳法はご法度とか?」
「えっとですね・・私達の間でユキコさんは特別な存在になっておりまして・・」

「特別な存在って・・もしかして、由紀子さんがスイミングスクールに通っていたから?」

「はい。60を過ぎてもあの容姿です、なによりも先生の子を身籠られています。ユキコさんの存在が水泳を学ぼうと思った理由なんです・・」

適度な運動は筋肉の維持には必要だが、何も水泳である必要はない。確かに全身運動だし、健康の維持管理にはいいだろうが・・

「あの、センセイ。 ユキコさんは・・その、気持ちいいんですか?」

サラの白い顔どころか、首や腕まで赤くなっている。ヤケドでもしたの?と一瞬ギョッとした。

「そういうのは俗説だと僕は思う。由紀子さんが年齢を感じさせないのは、童顔だからだと思う。リタみたいにチームを纏める能力もあるし、色々な事に対応が出来る人でとっても助かっている。沖縄に行ったら、君たちも由紀子さんを観察して、遠慮なく話を聞くといいと思う。あ・・彼女は英語は出来ないから、AIに通訳してもらわなきゃだけどね」
・・由紀子の膣の締りや絶頂期の締め付けが最高・・・なんて話をしたら、誤解が誤解を呼びかねない。後で本人と口裏合わせする必要を感じた。

「マスターみたいな方なんですか?」
「リタより倍以上生きてるから、経験値が多いと言うのも有る。リタも言ってるでしょ?日々精進、学びに終わりはないって、由紀子さんはそれを日々実践している様に見えるなぁ」

応接室の前までやってきた。2人の足音を察知した誰かが応接のドアを開けた。開けたのが誰なのかは分からない。
「そうなんですね、早くお会いしたいです・・あ、取材、頑張ってください。私も幾つになっても妊娠できる様に頑張りますので」

「あのさ、取材と妊娠って対になるものなの?」

サラが質問に応えず、背を向けたまま、ボソボソッと衝撃的な発言をすると、脱兎のごとく去って行く。パンツが見えそうな位にスカートが捲り上がっている。その鍛え上げた長い脚を、呆然と見送った。
気を取り直して、応接のドアを軽くノックをすると、内側から扉を開けたのはリタだった。

部屋へ入りしなに、リタが早口で耳元で囁く。「今、サラに告白されましたね。 早速、今夜から準備させますので・・」 
主人にメイドが何か伝言を伝えるかのような仕草でするので、部屋の誰も違和感を感じなかっただろうが、囁かれた本人は大慌てだ。

「聞いてたのか? それに、なぜ、このタイミングでそんな話をするかな?」

「早い方が旦那様にも、サラにとっても良いだろうと思いまして」深々と頭を下げると、ワンピースの胸元から豊かな双丘が見える。向かいの者にしか見えないとリタは知っているのだ。

「この度はお時間を頂きありがとうございます」

リタとの遣取りに水を注す様に小此木瑠依が右手を出してくる。リタが故意に胸を見せたのを、瑠依は察しているかもしれないと思いながら、簡易的に握手して、互いが直ぐに腕を引っ込める。お互いの言回しが他人行儀なのは、カメラが既に回っているからだ。

「お掛け下さい」手で奨めて、自分も座る。この時点で呈茶は完了している。座った瑠依も驚いている。直前まで目の前にティーカップが無かったからだ。 瑠依の視覚の外から背後に近寄り、茶器と菓子をセットする・・山岳民族の少女はスパイに成れるといつも思う。
瑠依が動揺しているうちに、メイドたちは並んで頭を下げて部屋から出て行った。

「一体 何なんです?」 つい、“地”が出てしまった様だ。

「世界は広く、様々な民族が居る。ま、そういうことです。カメラマンさん達も冷めないうちにどうぞ、マレー半島のキャメロンハイランドの茶葉と、デザートはブルネイ産のイチゴが原料のタルトです。
昼食はタイ料理を用意しているそうです。日本食の次に私が好きな料理でして、ビルマの食材でも容易に調理できますからね。宜しかったら、昼食も召し上がって行ってください」

こうして、アジアビジョン社による独占取材は始まった。

***

カメラを止めた際、オフレコでの本音を聞いていて、「私を育てたのは、紛れもなくこの人だ」と小此木クリムトン瑠依 記者は思っていた。

「“派兵の可能性は無い”と僕が言って、アフガン派兵をビルマ政府が承認する。それに対して、質問を求められた僕はコメントする。“驚きました”ってね。ビルマ政府内では僕には権限が無くて、蚊帳の外なんだって人々は思うだろ?」

と目の前の男はオフレコ時にシャーシャーと言った。

・・それはさて置き、カメラが回っている際のコメントだ。
「“晴天の霹靂”という表現が日本には有りますが、正にそんな感じです。そもそもアフガニスタンはアジアというよりも、中東・中央アジア圏と捉えておりますので、管轄外の地域とも言えます。派兵対象としても想定したことはありませんので、ビルマ政府へ大したアドバイスも出来ずにおります」という発言に「アフガニスタンは全く想定していなかった」というタイトルを付けて、ネットニュースの第一報として伝える。

アジアビジョンのニュース番組中では、小此木記者はモリから了解を得たとして、発言の一部の映像を放映する。

「米国がブッシュJr政権から現政権までの20年間でアフガニスタンで投じた2兆ドル、最終年人員30万人という投資が、全て無駄となった事実を、世界は元より米軍が駐留している国は熟考すべきです。20年間、しかも毎日ですよ。日々3億ドルを費やして、アフガニスタンの4千万の人々に、一人当たり5万ドルを日々提供してたんです。当然市民一人一人に毎日5万ドルは落ちません。米国軍需産業のビジネスと、アフガニスタンの暫定政府の閣僚達がガメる、賄賂になります。
アフガニスタン暫定軍へ20年間もの間、毎年7億5千万ドル提供してもタリバンに勝てない軍隊しか作れなかった。こんなバカな話を米国の人々は勿論、同盟国も知りません。
20年間で費した2兆ドルは、全て米国の借入金です。米軍が撤退した後も2050年まで支払い続ける事になりますが、2兆ドルの利子まで含めた総額は6兆5千億ドルにまで及びます。アメリカ人の赤ちゃんからお年寄りまで御一人様あたり、もれなく2万ドルの負担となります。

アフガン暫定政府側は7万人、タリバンは5万人、民間人5万人が死亡して、進展どころか、20年前より酷くなっての撤退です。アフガニスタンは、ベトナム以上の大問題になると確信しています。

一人当たり2万ドルと聞いて、何か思い浮かびませんか? 日本の借金がアホミクスと栗田バズーガのせいで跳ね上がりましたが、日本人ひとりあたり、平均2百万円の負担となります。

米国と日本では人口数が倍違いますが、9・11で我を忘れた米国が20年間でアフガニスタンに投じた額が、日本の巨額の借金の倍近くあるって話です。

トランブ前大統領が、日本や韓国、NATOから軍を引き上げるぞと脅していたのは、財政が火の車だからなんです。トランブの前のオッパマもぐリントンもフッシュJrの各大統領も、日本をATMとして使ったのはそういう訳です。金が掛かるのが分かっているのに、イラクとアフガニスタンに意地と見栄で軍事介入したんです。聖戦だ、現代の十字軍だ、と言って、成果はゼロで、借金は全て国民負担です。そうですよね?自分達は失敗して、ビルマに尻拭いさせようとしてるんですから。

どっかの対米従属を国是としている国は、米国大使館員6千人を自国内に受け入れ、在日米軍5.5万人を駐留させています。旧式の兵器しかないタリバンに負ける様な軍隊の為に、おもいやり予算とか言って、毎年2000億円以上の費用負担しています。そんな属国をこのままにしてはいけません。
また、自国の判断だけで勝手に動く様な国を、何ら窘めようともしない国連の様な世界機関は、恐れずに米国を糾弾すべきです。拒否権だとか、国連最大の資金提供国なんてものに、ビビッてる場合ではないんです」

インタビュー中の映像が終わると、スタジオの小此木記者が補足する。

「モリ氏は地方議員を辞めて現在はフリーの立場なので、ご自分の発言をオープンにしても構わないと判断された様です」という番組内での小此木の発言が、世論を騒がせる。

これはオフレコだが、今回の大統領補佐官一行のビルマ訪問に先行する1月末に、米国に出向いて大統領就任式典に出席していた前田前外相に対して、米国国務長官と国防長官から、アフガニスタンへのAI兵器派遣の要請が有ったのが最初だった。2度目はクーデター阻止後、ビルマがASEAN軍を擁立した際に、米軍の後詰めとしてASEAN軍の派兵を決断して欲しいという打診が届いていた。3度目の場が今回のビルマ訪問だ。
ところがモリが居ないので、アフガン事情をクドクドと紹介するしかなく、結局大統領補佐官達はビルマ側のトラップに引っ掛かってしまった。
会談は金額にも触れ、ビルマに払う費用は米軍駐留予算の5倍にまで跳ね上がり、ダフィー国防相はガッツポーズしているという。全額暫定政権の負債となるのが、狡賢いアメリカらしい。

実際、ビルマはASEAN軍の派兵準備に着手している。ビルマが煙幕を張った理由は「普通、ビルマの関与は誰も考えない」のと、「タリバンの背後の中国に対する牽制」となる。断った報道が流れて、世界世論の反応を分析中だという。

ビルマ政府は一週間後を目安に「介入、已む無し」と判断するのだが、アフガンに存在する“闇や背景”に、米国流統治の拙さが多分に影響している現状を世界は認識する必要があると伝えるのが重要だと、モリは考えた。

小此木瑠依がオフレコ発言としてモリから聞いた中に、「イギリスとソ連を蹴散らしたアフガニスタンからの撤退劇は大笑いするしかない。本来、3番目の侵略なので情報もあり、対策する時間が十分にあったにも関わらず米軍はボロ負けしたと米国政府が認めた。3度目にも関わらず、またダメ。アポロ計画は嘘っぱち、という噂を信じたくなる最も恥ずべき結末」という発言も有ったが、今はアフガン派兵に「後ろ向き」な役どころを演じる場だ。

「大前提として自律型無人テクノロジーを基本的に防衛手段としてしか用いない。故に、特定の軍しか使えないように徹底し、プルシアンブルー社は兵器を無暗に販売しない。
旧ミャンマー軍部を拿捕したのは、クーデターと言う民衆に被害が及ぶ手段を旧ミャンマー軍が取ったので、やむを得ず利用した。
今回、アフガニスタン暫定政府と米国は、タリバンと、その後ろ盾となっている中国・パキスタンを抑え込んで欲しいと言ってきた。これは極めて一方的で身勝手な要請で、腹が立った。

米軍が大枚を投じて何一つとして達成出来なかったくせに、発展途上国に「やれ」と押し付けてきた。あの傲慢チキなジ○イアンだって、ここまで野比○び太をイジメなかった。 パワハラ以上の話でしょ? 連中はビルマ兵士の命の重さを、全く考えていないのかもしれません」

翌日放映のニュース番組内で瑠依が代弁するように語る。「私も、大変驚きました」としらばっくれながら発言するのだった。

(つづく)


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