(7) 姑息な連中ばっかりの家系 (2024.4改)
サウジアラビア ー ニュージーランド戦の放映権をAsia Visonが購入したので、テレビ観戦の準備を皆で整えていた。
夕食時なので、分担作業が行われる。ピザを焼く者、タコスの生地を作る者、挟む肉を炒め、野菜を刻む者。乾季の果物マンゴーとランプータンにグアバを大量に積み上げてゆく。
ビルマのモリ邸には大学生6人と幸の妹の彩乃に加えて、ガイド兼通訳のサリュとリタの姉妹、サリュの娘のルシアとアリアの長男リアムというメンバーが揃っており、あっという間に準備が整う。大学生と大人はビールで中学生以下は炭酸飲料やジュースだが、彩乃だけ「大人の一歩手前まで到達した」と見なされ、日本から持参した焼酎でレモンサワーが提供され、乾杯と共にゲーム観戦ディナーが始まった。
試合前の映像でニュージーランド代表のユニフォームを纏った日本人とインド系米国人夫妻の集団が映る。
「あれ、圭吾くんが居ない」と同級生の彩乃が気付いて、スタジアムに居るあゆみにメールすると、「特別に控室に入る許可を貰って、今日はピッチで観戦する」と帰ってきた。
「ひょっとして、ニュージーランド協会の青田買いかな?」と椙山 阿須佐が言うと、女子大生5人が「そうだ、そうに違いないよ」と呼応する。
一方、彼女達の父親でありパトロンの男は、中国・雲南省最南端自治州・シーサンパンナ(西双版納)タイ族自治州に隣接する街モンラに居た。中国人が建設したホテルが立ち並ぶ以外の高い建造物の無い小さな街で、宿泊には不自由はしないが街中の中華料理店は軒並み閉店していた。
お食事処はビルマ料理店が点々とある程度で、中国籍の人々が一斉に引き上げた街は、ビルマ軍の前線基地と化していた。
ボーダーの先、隣の自治州の名称にもなっているタイ族は泰族ではなく、傣族(雲南省に住むタイ族系ルー族)だと言う。
「あの人がルー族」とシャン族のマイに言われても、モリと桜田には違いがサッパリ分らなかった。
モンラの街は中国とラオスとアジアハイウェイ3号線で繋がり、ビルマ側の物流拠点の街だが、2カ国との交易を停止したのでビルマ族は国境を越えなくなった。が、少数民族には国境線など無い。武器の所有検査だけはキッチリと行なわれている。もっとも、中国とラオスのスパイ達は国境監視所等使わずに越境してくるのだが。
隣の中国・シーサンパンナ州自体は百万人の州なので、スケール的に、ラオスもビルマも見合わない規模の都会だ。クーデター未遂で国境を封鎖するまでは、中国からは一方的な物資が搬入されていた。ビルマからは石油とガスを積んだ車両が向かったが、今はその往来も全て無くなった。
ホテルや物流倉庫のオーナーや資本家は中国に引き上げつつあり、街は縮小に転じるのは確定している。
日中、モリが中国国境に居るのを見せつけるかの様に誇示する一方で、ラオス国境の山中では、戦略物資の数々をモン族に引き渡す陽動作戦を行っていた。少数民族で構成されたビルマ軍ならではの物資供給網を、最大限に活用していた。
突然、無人兵器の数々で武装されたビルマ領内のモン族の部隊が出現したので、ラオス軍も攻めあぐねるだろうし、同時に、ラオス国境の警戒態勢を中国国境線同様に強化したので驚いているだろう。
ビルマ軍がラオス領内のモン族を支援しており、背後に控えているのを知らしめる。相手も迂闊に手を出してこない・・と見ていた。
同行している桜田詩歌が驚いたのは、モリの指示に従うビルマ将校と兵士達だった。
軍神か英雄の様にモリを崇めるのも、クーデター阻止と、ゲリラ部隊を正規軍に引き上げて据えた謝意もあるのだろうと見ていると、アリアの存在に対しても、畏怖のようなものを兵士が抱いているように見える。
娘のマイに桜田が尋ねると、「ママはシャーマンだからね」と当然の様な顔をして言う。
後でモリに聞くと「争いは生じない、安心してってアリアが宣言したからだよ、皆、彼女の言動を信じてるんだ」と余計に訳の分からない事を言う。「何それ?」「何なのよ?」と桜田には疑問だらけだった。
そんなこんなの後で、今はホテルのロビーにある大型テレビにPCを繋いで「Asia Vison」のサッカー中継を兵士達とビールを飲みながら見ている。日中と打って変わったかのような、和やか過ぎる光景だった。渋谷のスポーツバーに居るかのような錯覚に、桜田は捕われていた。どうして平和な時間が流れているのだろう、と。
試合は前半が終わりハーフタイムになったので、桜田はモリに迫る。
「今日の一連の行動について、指揮官殿に説明を求めます。私の理解の範疇を超える事案が生じております」と正直に伝える。
ゲームの後半が終わった頃には、ぐでんぐでんに酔っ払っている様な気がしたからだ。
「明日、中国の役人と軍のお偉いさんが国境にやって来るってアリアが言ってる。願っていた展開になりそうだ」
「え? 聞いてませんよ、そんなの。その情報はアリアさんが少数民族から得たんですか?」
「まぁ、そんなとこだね」
白い歯を見せて笑っている。ますます訳が分からない。
「そうだな。中国に対する僕なりのスタンスを話しておこうか。会談に臨む予備知識として、ね。
日中間で争いの素となっている尖閣諸島のケースを題材にしてみよう。
2012年9月に民主党政権が尖閣諸島を国有化した際に、当然だけど中国政府が強く反発した。
「中国に投下された原子爆弾」と北京サイドが表現した位だ。領海内での海上パトロールを絶えず行なう様になったのは想定通りだったけど、恐らく外務省もビックリしたんだろうけど、多くの都市で反日デモが行われ、日本のスーパーが営業を停止する事態にまでなった。政府高官による交流も凍結されたんだ」
「あれは今の与党に政権を風呂敷に包んでお歳暮のように渡した、野駄目首相の時でした。
襲撃対象となったスーパーも、民主党幹部の兄が経営する会社でした。私は民主党を下野する為の外務省幹部と自滅党のトラップだったと見ています。当時はまだ学生でしたが、省に入ってから当時の記録を読み返しました。当然ながら隠蔽されているような記録でしたよ。中国が主張している領土が絡む問題に触れて、平気なのは古今東西、先生だけです」
「ココ諸島のケースを言ってるなら、それはお門違いだよ。ココ諸島は貸借地であって、ビルマの領地だからね」
「それでも凄いですよ・・あぁ2012年でしたね。習々近平が10年に党の総書記になって、12年に胡錦濤・温家宝ら第4世代の指導者が引退して、確か11月か年末だったと思いますけど、党の最高職である中央委員会総書記と軍の統帥権を握る党中央軍事委員会主席に選出されました。
13年3月のワンマン体制となった全人代では「中華民族の偉大なる復興という中国の夢を実現するため引き続き奮闘、努力しなければならない」と中華ナショナリズムを鮮明にして、外交政策ではヨーロッパまで及ぶ長大なシルクロードを勢力下にしようと画策します。
古の中国の栄光である鄭和艦隊を持ち出して、”シルクロード経済ベルトと21世紀海洋シルクロード構想”「一帯一路」を打ち出します。
そこへ尖閣の国有化宣言をしたから、中国を先鋭化させてしまった。実に愚策でした。丁度、周が権力移行に取り掛かるタイミングでもありましたから」
「そうだね。「体制が不安定な時期を日本が狙ってきた」って中国側に思わせてしまった。それでブチ切れて、強硬な対応に出た。
要はさ、領土問題みたいな題材の場合、中国政府は我を忘れた様に荒れ狂うんだよ。ルールなんてかなぐり捨てて、過激な行動に出る。民主党や自滅党・・この時は世間知らずの頭が空っぽな作家の都知事だったけどさ、そんな危機管理能力と判断能力に欠ける連中が政権を担って、朝鮮併合みたいなバカな動きをする際の対応方法を、今後は官僚サイドで用意しておくべきだと僕は考えている。大戦に踏み切っちゃう判断力の劣る国だからこそ今の憲法があるんだけど、相手が攻め込んで来たら、平和憲法なんて意味を無さないからね。戦う選択肢しかないんだ。
尖閣国有化がきっかけとなって戦乱になっていたらと思うとゾッとするよ。とにかく、中国の「主観と判断」がどう作用するのか、中南海が「何を考えているか?」を絶えず考える必要がある。
台湾という難題は最たるモデルケースにもなるんだけんど、話がブレるから今はちょっと端に置いておくとして、目下の論点は雲南省の駐屯地襲撃だ。
恐らくなんだけど、僕の認識ではモン族が中国内の軍事施設を襲撃したけど、これは日中戦争の日本軍以来の襲撃になると思う。中ソ国境紛争も中越戦争も、人民解放軍の施設は被害を受けていないと思うんだ。で、中国はメンツを汚されて、相当頭に来てる筈だ。
だけど今回だけは過失が自分達にあるので表立って行動するの止めて、債務の罠で属国となったラオス軍に、少数民族の部隊を報復襲撃するように指示を出したんだろう」
「ラオス内のモン族に、ビルマ軍のモン族の部隊とともに防衛品の数々を渡しましたが、矛先がビルマに向きませんかね?」
「大丈夫。そうならないように軍事演習を考えている。当然ビルマ領内でやるつもりだ」
「演習?」
「あぁ、ビデオ撮影込の公開演習をやって、史上最悪の演習っていうのを世界に見せつける。ビルマとは戦いたくないって相手に思わせる位の、抑止力になるレベルの演習をやるつもりだよ」
爽やかな顔をして言うのでトキめいてしまい、アリアのシャーマンの下りを聞くのを、桜田はすっかり忘れてしまう。
酩酊したモリに、アリアと勘違いされたまま抱かれてしまう展開が彼女を待ち構えているとは、この時点では全く予想していなかった。
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前半、モリ3兄弟は3バックのポジションについた。
左右のポジションの歩と海斗がサイドラインを何度か駆け上がり、相手のディフェンスの背後を狙ってパスを供給し続けながら、サウジアラビアの前線の選手達の攻撃を跳ね除け続けていた。
中東の選手の瞬発力や伸びてくるリーチ以上に、上背で勝る体格と、より伸びる長い足、何よりも粘着テープのように粘り、相手の選手に張り付いて自由にさせない兄弟のディフェンスにNZのコーチ陣は満足していた。
スコアレスドローで前半が終わると、後半はAIで前線のサウジ選手のパターンを学習し続けていた左右のディフェンダーの選手を投入し、火垂はセンターバッグのまま、ディフェンスラインの統率を継続。歩はボランチのポジションに上がって、相手の中盤を無力化しながら攻撃参加を伺う様になる。
海斗は1.5列目の左ミッドフィルダーに上がり、持ち前のスプリント力で相手ディフェンダーを翻弄し始める。16歳で185cmある選手が俊敏に走り回るのだから、厄介だ。
前半はディフェンスに特化して半ばアイドリング状態だったので、体力も有り余っている。
海斗の後方で、パスで切り崩すタイミングを伺っている歩と火垂は、海斗とサウジのディフェンダー選手のバトルを見ながら、相手の穴を見出していた。
サウジの「穴」を見つけるのは、AIの方が早かった。コーチ陣に混じっている末弟の圭吾が、サウジの右ミッドフィルダー(MF)と右サイドバック(SB)の連携にバラつきが生じるのをコーチに伝える。前のMFが中央でプレイしたがるのでSBがMFの守備範囲をケアする場面が増えだしている。SBの背後に現れる空きスポットに、味方のフォワードと海斗が侵入する機会を狙うべきだと。
AIの攻略方法をタブレットで見せると、監督とコーチも了承し、圭吾は兄弟が作ったサインを手前ライン側の海斗に送る。
後方にいる歩と火垂も 末弟が繰り出すサインを視野に入れながら、ベンチの方針を周囲の選手に伝える。
「相手の左エアスポットへのロングパスかスルーパス、それでカウンターの様に襲いかかる」という方針がチーム内で伝達され、認識された。
後半の16分、ゲームが動く。
相手の右MFがボールを所持すると中央にドリブルで流れてきた。相手の右SBは前線に上がってパスの受け手となる選択肢を増やす。その背後に広大なスペースが生まれた。
相手のパスコースを読んだボランチの歩がボールをインターセプトすると、 そのままドリブルで突っかけて中央を駆け上がる。
パスを奪われたサウジの中盤の選手は総掛かりで歩の突破を潰そうと中央へ集まってくる。
左MFの海斗は相手のエアスポットへ疾走、フリーランニングを仕掛ける。
サウジの選手がスライディングしてくる前に、ボールキープしていた歩は、エアスポットに向けて長いスルーパスを送る。
ゾーンへ侵入していた海斗の足元にドンピシャのタイミングで届いたボールを、海斗はドリブルで突っかけてゆく。
中央のセンターバッグをフェイントで抜き去ると海斗はシュート体制に入ると見せかけて、右に走り込んでディフェンスの背後に抜き出た味方のワントップのFWに、ラストパスを送る。
キーパーは海斗がシュートすると思い込み、前に出ていた。FWはインサイドキックでゴールに流し込むだけだった。
ウエリントンのスタジアムが揺れる。
ベンチの指示どおりに選手は動き、獲得した先取点となった。
AIと監督の先制点獲得後のアイディアは一致する。
ボランチの歩をセンターバックのポジションに下げて、火垂と横並びの4バックにすると、左MFの海斗を歩が居たボランチのポジションに下げる。
サウジのコーチ陣は慌てる。後半でまた異なる陣形をNZチームが取ったからだ。
厄介だったのはスプリント力のある海斗がボランチの位置で走り回ってボールを奪いに来る様になったので、サウジが前へ進めずにバックパスを多用する様になりだした。
ボールの支配率自体は前半から通して圧倒的にサウジが上回るのだが、ゲームを支配していたのは明らかにNZだった。
後半35分になると、歩と海斗がポジションチェンジして、歩がボランチに上がった。
今度は歩のパスワークが機能して、NZのボール保有率がサウジを上回る様になる。
サウジは攻め疲れを起こしており、選手の足が止まり始めていた。
「アジアの雄」と呼ばれるサウジアラビアを押し込み続けるニュージーランドチームを初めて見た人々は、大歓声でイレブンの背中を押す。 ホームの歓声に力を得た選手達は、躍動する。
疲れていたがハイな状態で動き続け、走り回る。
サウジアラビアは負けているのにディフェンシブな陣形を築いてしまう。ニュージーランドの攻撃を払いのけるのに精一杯だった。
NZフォワードのポストプレイを止めようとしたサウジのMFが、背後から倒してしまいファールの笛が鳴った。
後半43分、NZのフリーキックとなる。
歩と海斗がキッカーとして並び立つが、どちらが蹴るかはサウジ側も分かっていた。全てのコーナーキックを蹴り、パスでサウジを脅かし続けた背番号21は、とても17歳とは思えなかった。
冷静沈着で身長も190近く有り、上半身特に肩幅が広くガッチリとしていた。
振り抜いた右足から放たれたボールは、ゴール手前でカーブというよりフォークボールのように落ち、ゴールポストの右上のネットに突き刺さってゆく。
この日 最大の大歓声となり、スタジアム全体が揺れた。
(つづく)