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どこまでもバカバカしいヒゲの話

太平は顔のヒゲを抜くのが好きである
もうホント、なんなんだろうね。自分で書いててもつくづく思う、なんてバカバカしい書き出しなのだろうかと。
おっさんがヒゲを抜く話に、一体なんの需要があるというのか? しかし需要がなく淡々と供給される、部屋の隅のホコリのような文章。そんなものを今日は書きたい。

ヒゲは短いヒゲ

伸びてしまったモノはつまらない

中指と親指の爪で、ギリギリ挟める程度の長さが良い

そして頬に生えるヒゲに限る

顎ヒゲはよくない。あいつらは群れなければ何もできない

孤高に1人生えてくる頬ヒゲ

そのプライドごと引っこ抜きたい

やっと下界に出られて『さあ顔を守るぞ!なんでも来いや』
ちょっとやんちゃで尖ってるけど、意気揚々、溌剌とした、新進気鋭のおヒゲ

僕が手の平で顔を触ってるときは、大抵そんな未来に溢れるヒゲを探している

くまなく、集中して、出たヒゲを探っている
掃除がいきとどいているかどうか、指でホコリを探る小姑のように

見つける

これは良いヒゲだ
昨日は見つからなかったヒゲだ

今朝飛び出したばかり、生意気盛り。斬新な場所を選んでえくぼの辺りに生えてきた。爺からは『うつけ』と呼ばれる傾き者

そんなヒゲをつまむつまむ

鏡を見ずに、指先の感覚だけでとらえて、つまむつまむ

中指・親指の爪を駆使して、つまむつまむ

まずつまめない。掴めない

それでもジッと集中して、つまもうと試みる

何十回も挑戦していると、稀につまめる

慎重に慎重に抜いていく

せっかくつまんだヒゲが、爪の隙間から滑り落ちる

元の木阿弥、白紙にリセット、ご破算水泡、パーになる

また、つまむつまむ

そして抜けるまでくり返す

最高にエキサイティングでリーズナブルなエンターテイメント

数日に1〜2本、己の肉体感覚だけでチャレンジ

集中力が鍛えられて、気持ち良くて、身だしなみも整う

さあ君もレッツトライ


そんな僕なのだけど、先日、どうしても抜くことができないヒゲに出会った

まず短い。そしてツルツル、御法度としている鏡で確認しながら抜去を試してみたけど

それでも掴めない

その日、僕はずっと頬を触る変な人だった。抜きたい、でも抜けない
奇跡的に掴んでも、つるりと逃げる

抜きたい

頑なに道具には頼らないと決めていたけれど、たまたま立ち寄ったダイソーで僕は出会う

いやタマタマでは無いのかも知れない。僕の潜在意識は求めていたのだと思う

人は本当にワガママだ。自分の思い通りになるまで知らぬ間に求め続け、それを偶然と呼ぶ

僕は吸い込まれるように手にとり、レジに運んだ

ドキドキしながらパッケージを開け、出てきたのは鈍く光るシルバーの、シンプルな毛抜き


スルリ

抜けた。あの苦戦していた鋼鉄のヒゲが、あっさりと

あの苦戦していたナッパを一瞬で倒した悟空

そのとき呆然と立ち尽くすクリリンのように、僕は毛抜きを見つめた

江戸時代から現代にタイムスリップし、初めて携帯電話を見たとしたら。こんな気分になるのだろうか?


なんと便利なことか

もう戻れない。知ってしまったら戻れない

記憶とは残酷である。知ったら戻れない


実は毛抜きの歴史は古い

あの清少納言が、枕草子に書いている


ありがたきもの、毛のよく抜くるしろがねの毛抜き


なんということだ。平安から『この感覚』はあるらしい

この時代の『ありがたい』とは『滅多に無い』という意味なので

きっとその時代の技術では2枚の金属をピッタリ合わせ、スッとススッと抜くのは至難の業だったことが予想される


現代
そんな滅多に無い毛抜きが、100円で買えるというのだからね


僕のカバンにはいつも『ありがたい毛抜き』がしのんでいる

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