答えのない課題に取り組むことが自己成長をもたらす
1.大人になったら答えのない問題ばかり
小学校、中学校、高校くらいまでは勉強と言えば答えのあることばかりだったような気がしますが、
大人になってからは「これが絶対に正しい正解だ!」っていうことのない問題にばかり出くわすような気がしませんか。
例えば、恋人へのプレゼントをどうすべきなのかとか。
今体調が悪いのに対してこれからどのように対処すべきなのかとか。
会社の経営をどのような方針で、どのように具体的に進めていくべきなのかとか。
今のコロナだってそうですよ。マスクとか消毒とか、ソーシャルディスタンスとか、どれだけどのくらい行うべきなのかってはっきりしない所がありますよね。
でもそんな絶対的な正解がない中で、それでも何かしらの決断をしなければならない、でも自分にはそれを判断するだけの考えも経験もない。
そんな時に救世主のごとく、頭のよさそうな人が現れて「私が分析した結果、これが答えである!」みたいなことを言われたら、
誰だってその答えにすがりたくなってしまいますよね。
でも私はここで「ちょっと待った!」と言いたいんですね。
2.大事なのは答えがわかるということではない
確かに正解を示してもらうと楽なんですよ。
難しいことはさておいて、とりあえず今やるべき行動がわかるから。
でも小学校の時の勉強を思い出してほしいんですけど、
わからない問題を、時に先生や友達のサポートを受けながらも、自分の頭で考えて解けた時って達成感がなかったですか。
そしてそういう経験を繰り返すことで、さらに難しい問題にも挑戦していけるという構造がなかったでしょうか。
大事なのは答えがわかることではなく、答えに到達するまでのプロセスではないかと思うんですよね。
もしもですね。頑張って自分でたどり着いた答えが、仮にものすごく間違っていた答えだったとしてもですよ。
自分で頑張って道を進んできたことによって、「あぁ、この道を進んではいけなかったんだ」ということが身をもってわかるわけじゃないですか。
そうすれば「次からはものすごく間違った道を進まなくて済む」という成長へとつながりますし、
もっと言えば「何がものすごく間違っているのか」ということを考える手がかりにもなります。
しかしこれがもし、人から教えられた答えに従っただけで間違った答えにたどり着いたというのであれば、
何がどう間違ったのかがわからないので、今後もまた同じ間違いをしてしまうことになりかねません。つまり成長がないということになります。
学校のように「絶対的な答えがある問題」であれば、別に自分の頭で考えるという作業をすっとばしていたとしても、
たどり着いた答えが「絶対的な正解」であれば、表面上は何もトラブルなくやっていけることになるわけですが、
大人になってからの「絶対的な答えがない問題」に対しても、それと同じ感じで自分の頭で考えることをせず、誰かの答えに賛同するだけの作業を繰り返していると、
これが非常に困ったことになっていくことがわかりますでしょうか。
そう、永遠に間違いであることに気づかないし、間違いを正すことができないということです。
3.大変だけれど自分の人生を生きるために必要なこと
「絶対的な正解がない問題」なので、そもそも「間違い」という評価が間違いだとも思えるかもしれませんが、
「絶対的な正解」はなくても、「自分にとっての正解」は必ずあると思うんですよね。それに対する間違いに気づかないということは現実に起こってしまいます。
例えば、恋人に対するプレゼントを考える場合でもですね。
「高い贈り物を贈って自分の優越感を満たす」という価値観の人は高価な贈り物をすることが正解かもしれませんし、
「金額云々よりもいかに相手が喜ぶかが大事」という価値観の人は恋人の性格や趣味に応じた決して高価ではない贈り物をすることが正解かもしれません。
その価値観は自分や他人をよく観察することで詳細に理解されていくものだと思いますし、
それが詳細にわかっていけばいくほど、「自分にとっての正解」に近づいていくことができるようにも思います。
だから自分の頭で考えて問題に取り組むという「主体性」は人生の中でとても大切な性質だと私は思うんですよね。
でも一方で誰かの答えにすがりたいという気持ちもよくわかるんですよ。なんてったって自分の頭で考えるのは大変だし、誰かが答えを教えてくれるのならそんなに楽な話はないですからね。
でもその楽に流れ続けて、結局苦しんでしまうのは自分自身だと思うんですよ。
自分の問題に自分で取り組んで自分で乗り越える、その作業を繰り返して少しずつ自分を成長させていく。
そうすることが自分にとって良い人生を送る基本じゃないかと私なんかは思います。
ウィズコロナと呼ばれる時代となって、あなたは自分の人生を生きられていますか?
誰かの意見に従う人生になっていないですか?
もしそうなっているのであれば、少し大変かもしれませんが自分の頭で考えてみることをしてみませんか?
そのための第一歩としては自分のことを振り返ってみることです。
自分は何を喜び、何に怒り、何に悲しみ、何に楽しさを見出す人間なのか。
それがわかれば、もっともらしい他人の意見にも惑わされずに、自分の人生を生きることができるんじゃないかという気がしますよ。
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