2024年4月6日(土)曇り
4月6日、昨晩は、あいまいな状況、わからないという精神状態でした。自分の気持ちを整理するために、ほぼ日手帳に気持ちを書き出してみました。こんな感じです。
今日は、精神科ナイトケアのお友達と、僕の行きつけの飲み屋さん呑みましたが、人と接するときの難しさというか、僕は「あれでよかったのだろうか?」と考えてしまい、いつもわからないという気持ちになります。人と接するのは一期一会なので、接した相手に、それなりに気持ちよく家に帰ってもらわないといけなくて、そんなわけで僕は焦って、いろいろ余計なことも言ってしまう感じになります。一応、相手に必要そうだと思うことを言っているつもりですが、余計なことも言っている気がして、そんな訳でお友達との食事会は毎回、反省モードになっている感じです。でも冷静に考えなくても、人との関わりはそういうものですよね。今日は、自分を慰めて眠りに就きたいと思います。
お友達との食事会は毎回こんな感じで、不安感にやられている感じです。
ほぼ日手帳に気持ちを書き出した後、歯磨きをしましたが、げぇげぇいいながら歯磨きを行っていました。胃の中の物がなかったので、助かりました。歯磨きしんどかったです。
歯磨き後、お薬を飲んで、本当に軽くストレッチを行い、ふとんに入って、精神科ナイトケアにて学んだ「マインドフル・セルフ・コンパッション」のスージングタッチと呼吸の瞑想を行い、眠りに就きました。
考え事がいろいろ出てきてしまう状態だったので、自分自身にやさしく声をかけてあげて、今日やって良かったことを思い出して、思考を消してから眠りに就きました。何とか入眠することができて、よかったです。
中途覚醒があり、朝7:30くらいに目が覚めてからは横になっている感じでした。
眠れないので、8:45くらいに起きました。眠くなかったことと、それなりに前向きに起きることができたので、ほっとしました。
起きると、ガス屋さんから電話があり、10:00くらいにガスの点検にくることがわかり、日程調整できるので、たいへん助かりました。
起きて、朝食をいただいて、ガス屋さんが来たのでガスの点検を行っていただいて、問題なかったのでほっとしました。
ガスの点検が終わった後、掃除洗濯を行いました。僕の住んでいる部屋の下のコインランドリーは、洗濯はできるのですが、乾燥機が使えなくなっているので、洗濯は下で行い、洋服の乾燥は、家の近くのコインランドリーにある乾燥機で乾かしました。掃除が終わって、洗濯も終わったので、ものすごくホッとしました。
洗濯の合間に実家の母に電話したのですが、元気な状態だったので、うれしくなりました。元気になってよかったです。
掃除洗濯後、時間が13:30くらいになっていて、昼食をいただくことにして、与野本町にある「すき家」にて、牛丼をいただきました。夕食は実家でいただくことにしていたので、今日は軽めに牛丼ミニをいただきましたが、たいへん美味しく十分な量でした! ごちそうさまです。
昼食後、家に帰って、読書を楽しみました。読んだ本は、中沢新一さんが解説されたレヴィストロースの「野生の思考」と、放送大学の教科書「総合人類学としてのヒト学」を拝読しました。
中沢新一さんが解説されたレヴィストロースの「野生の思考」は、「オーストラリア先住民のカレイドスコープ」を拝読しました。
レヴィストロースは、文化研究の対象として、オーストラリア先住民「アランダ族」の社会構造と婚姻規則を研究して、構造として変換できることを証明したというお話です。
引用によると、じっさいにそのためには「群論」という現代数学の手助けが必要でしたし、変換の体系を理解するためには「操作子(オペレーター)」という考えまで動員されました。
レヴィストロースはこう語っているそうです。「オーストラリアの文明ほどに博識趣味と理論趣味をもつ文明は少ない。彼らの興味は、ときには知的ダンディズムと言ってもよさそうな様相を呈する。(中略)誤解しないでいただきたい。毛深くて太鼓腹の未開人たちの外貌は、われわれにはナポレオン帝政時代のでっぷり太って文句の多い官僚を想起させ、彼らの裸体の方こそなおさら不似合いに思われる。彼らは(中略)多くの点でまことにスノッブであった」
イギリスからやってきた白人は先住民を原始人・未開人扱いしたけれども、真実のところはまったく逆で、先住民のほうがはるかに進んだ「知識人」だったわけです。オーストラリアでは先住民がきわめて洗練された知的な世界をつくっていた。しかもその世界は「群論」のように閉じられていたものですから、変換の過程がはっきりしていました。だからそこを舞台にすることで、構造人類学に最適な実験ができたわけです。
この実験はおおむね成功し、トーテミズムと呼ばれてきたものが構造の巨大な変換体系の一部分だということが立証されます。そこを出発点にして、婚姻制度や社会組織のみならず、儀礼や神話をとおして表現される、人間と自然の対応関係に分析の歩を進めていくことができるようになります。そこでレヴィストロースは舞台を、オーストラリア大陸からアメリカ大陸へと拡大していきます。その先には広大な神話の論理の世界が広がっています。
引用が長くなりましたが、いろいろ考えさせられたお話でした。僕は数学が苦手なのですが、少し数学を勉強しなおしたいと思った次第です。西洋文明の人類学者が、未開人・原始人と扱っていた人たちが、高度な知的な世界に生きている人たちだということを、レヴィストロースが立証したというお話だということが、十二分に伝わるお話でした。中沢新一さん、お話ありがとうございました。
『野生の思考』 2016年12月 (100分 de 名著) | 中沢 新一 |本 | 通販 | Amazon
放送大学の教科書「総合人類学としてのヒト学」は、第9章「時間と空間を区切る」を拝読しました。
お話は、言葉について、言語学のことについてお話されているように感じました。人がいつ頃から言葉を使い始めたのかはわかっていないみたいです。引用します。
文字の歴史は現在のところ1万年以上は遡ることはできない。英語などでおなじみのラテン文字の場合、エジプトで5000年ほど前に成立した表語文字ヒエログリフが、約2000年後に表音文字であるフェニキア文字を生み、ほどなくギリシア文字が成立し、数世紀を経てこれを元にラテン文字ができるという歴史を歩んだ。近代になるまで文字をもたない言語はいくつも存在していたし、文字があったとしても大半の人々は読み書きができなかった。前近代には文字を操ることはしばしば、支配階級や知識人層など、一部の人々の特権だったのであり、逆に言えば、識字が前提となっている近現代という時代は、ヒトの歴史の中でとても特殊な時代といえる。
お話、ものすごく考えさせられるお話でした。文字が生まれたのが、5000年前とのお話は、少し面喰います。農耕、牧畜が始まったのが、10000年前で、その前は新石器時代で狩猟採集をしながら生活していたということになります。今の時代は、自分から勉強しようと思えば、本を購入して読めばいろいろ学ぶことができる時代で、本当にありがたい時代だと思いました。
もうひと項目拝読したので引用します。
世界中に非常にたくさんの言語があることは、構造主義言語学によれば、ランガージュ、ラング、パロール(英語にはランガージュとラングの区別がないため、フランス語で表現されることが多い)の関係として説明される。ランガージュ(言語能力)とはヒトに共通に備わった言語を操る能力を指し、これに対してラング(言語)とは、ランガージュの具体的な表れである個別の言語(日本語、英語など)である。さらに、ラングの枠の中で実際に発される具体的な発言がパロール(発話)である。共通のランガージュを用いて多様なラングが歴史の中に形成され、そのラングを参照しながら人々はそれぞれに生きている状況でパロールを発し、パロールの積み重ねは、流行り言葉が定着するように、ときとしてラングの変更を迫る。つまり、ヒトが言語を使うこと自体は普遍で不変だが、実際に使われる言語は個別に特殊であって、使われることで常に変化し続けるのである。
こうした言語のあり方は、文化全体のあり方にも重なる。ヒトは等しく文化を生み出す能力をもち、しかし、そこから歴史を経て生み出される文化は実に多様である。そして、文化は人々の生きている場の中で初めて目に見える形になり、そうした実践を通して文化は変化していく。これは、「異文化」が異質で了解不能のものではなく、自分たちの文化を含めて一つの能力から生み出された多彩な変種であり、外国語を学べるのと同じように、異文化を理解できることを意味している。
言語学のお話から文化のお話が出てきて、たいへん面白いお話でした。言語は、相手に伝えたいと思っていることを言語に変換して、発話することで相手に伝わるのですが、自分が思っていることを言葉に置き換える時点でゆらぎというかずれが生じて発信され、発信された言葉を相手が受けて、相手の言語能力に変換されるのですが、相手に伝えたことに対してゆらぎやずれが生じることで、意味が変容するというお話だったと思います。その様な状況があるので、うまく自分のことを伝えられるように考えて新しい言葉が生まれる、ということと理解しました。
言葉のお話から、文化というものも似た構造を持っているというお話と受けました。たいへん重要なお話だと思い勉強になりました。
芸人さんが、一発ギャグで笑いをとることがありますが、一発ギャグが生まれる状況というものが、ものすごく高等なブリコラージュを行っていることがわかり、面白いお話でした。みうらじゅんさんも、「ゆるキャラ」という文化や「いやげもの」という言葉を生み出している、すごい方だということも理解することができました。僕も参考にしたいと思います。お話ありがとうございました。
総合人類学としてのヒト学 (放送大学教材) | 高倉 浩樹 |本 | 通販 | Amazon
本を読みながら日記にまとめたのですが、気持ちが整理されて、幸せな気持ちになりました。
読書後、実家に帰って、夕食をいただきました。今日の夕食は、母が作ってくれたアジの焼き物、アサリと白菜のレンチン料理、サラダです。
今日は父がお酒を飲んでいて、母の作る料理にケチをつけて怒鳴り散らしているので、腹が立ち「うるさい! くそじじい!」と言ったら、父は夕食を食べないと言ってとなりの部屋に出掛けましたが、母のことをずっとボロクソに文句を言っていました。本当に腹の立つオヤジです!
実家でやられてしまって、僕は食欲がなくなってしまい、母の作った夕食はおいしくいただけましたが、吐き気が出てしまいました。お母さん、夕食ありがとうございました。
夕食後、母が作った煮卵を持って、家に帰りました。
家に帰って、吐き気が出ている状態で、明日はソーシャルフットボールチーム「FCオレンジ」主催のフットサル大会「オレンジカップ」が開催され、僕はフットサルコート作りと、選手として大会に参加するつもりでいました。今日の状態をみて、明日の朝は、吐き気が出ている可能性が高いので、フットサルコート作りは参加しますが、大会に参加するのは難しそうに感じたので、そのことを僕の所属しているソーシャルフットボールチームのLINEで伝えました。本当に腹立たしいったらありゃしません!
母の状況は、弟のmasaさんにも伝えました。
いろいろ連絡した後、シャワーを浴びました。お湯シャワーを浴びてから、水シャワーを浴びました。さっぱりして気持ちよかったです。シャワーを浴びた後、日記を書いています。
昨晩は、谷川俊太郎さんの詩「おならうた」に触発されて、僕も自分の「おならうた」を作ってみようと思い作り始めましたが、今日もネタが思い浮かんだので、まとめたいと思います。
おならうた tadatoro
ぶっ! すか ぶー おならだよ
ぶっ! すか ぶー おならだよ
すっ! すか すー すかしっぺ
すっ! すか すー すかしっぺ
ぷっ! すか ぷー にぎりっぺ
ぷっ! すか ぷー にぎりっぺ
ぴゅっ すか ぴゅー でちゃった
ぴゅっ すか ぴゅー でちゃった
というところまでできました。「ぶっ!」と「ぷっ!」の使うところを推敲して、言葉の置く場所を変えることにしました。この方が、語感が良さそうに感じたからです。もう一つくらい言葉が思い浮かぶといい感じになりそうなことと、いい言葉が見つかったら言葉の並びの推敲も行うつもりでいます。それなりに何とか形になってきたので、よかったです。がんばりたいと思います。
あまり調子がよくないので、早めにお休みして、明日に備えたいと思います。
明日は、先ほどお話したとおり、ソーシャルフットボール大会が行われるので、フットサルコート作りを行います。調子が良ければ大会に参加して、調子が悪かった時は、月曜日からお仕事が始まるので、うまく調整して月曜日から出勤できるようにしたいと思います。明日もみなさん、よろしくお願いします。寝ます。それでは、おやすみなさい。
今日もみなさん、お付き合いありがとうございました。明日も、よろしくお願いします。