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只見線のあるまちにて2022/07/31

はい、今日は天気予報にケチをつける気はまったくございません。
熱中症情報が危険レベルで「屋外での活動はなるべく控えて」とのことだったのですが、神社のお祭りを撮りに出かけたかったのです。

神事は昨日、関係者のみで執り行われたようで、今日は露店がメインの日だったのです。
なにか、面白いものはないか探したのですが、今回は特にこれと言ってご報告するほどのものはなかったのです。

でも、この状況下で楽しい景色を眺めて、少しでも憂さ晴らしが出来たらなと思いアップするのです。
それでは、いつも通り生暖かく見てやってください。


・街サイド、お日市@住吉神社(2022/07/31)

いつもの友人宅、冷房の効いた部屋の中でコーラを飲みながらパソコンで音楽を聴くのです。もう聴くものは毎回決まってしまっていて、友人から文句が出るのですが気にしないのです。午後も2時前、一番暑い時間になると僕は友人宅を後にし西若松駅へと向かったのです。
西若松駅に設置されていた夏祭りの看板が中止になってないことに安心した僕は、西若松駅の見える踏切へと移動したのです。ここで遊ぶなと子供向けに看板が書いてあり、僕も遊んでるように見えるのかわからないのですが、とりあえず会津線が入ってきたのでレンズを向けたのです。
目の前の踏切をを会津線が通り過ぎて行くのをレンズ越しに追いかけます。あれ、なにか変だぞ、そう思ったときには遅くて、なんと車体の塗装が35周年記念バージョンになっていたのです。そっか第三セクターになって35年にもなるのか、僕も歳をとるはずだと変に納得してしまったのです。
危うく会津線のニューカラーに満足してしまって、もう帰ろうかと思ってしまったのですが、只見線も9分後にやって来るのです。不通区間の試運転の写真を見ているとキハ110と120の混成列車が走っているのですが、どうか混成列車じゃありませんように、そう祈りながら待っていたのです。
西若松駅を発車した只見線はキハ120だけでの編成で僕は安堵したのですが、やっぱり新潟側では現在進行形でキハ110が使われているのだから、全線復旧したらなんらかの影響は出るだろうなと思いつつ、今だけしか撮れない写真があるのなら撮っておこう、そう思ったのです。
目の前の踏切を通り過ぎ七日町へと向かう只見線をレンズで追いかけていると、空がいつの間にか夏の空になっていることに気づいたのです。そう言えば、昔ここで只見線を撮った時は後ろの家のベランダに「下宿なんとか男女募集」という看板が出ていたのを懐かしく思い出したのです。
踏切で会津線と只見線を撮り終えると、僕は今日の目的地住吉神社へと向かったのです。途中ガレージでお子様プールで遊んでいる様を横目に眺めながら、こっちは暑い思いをしてるのにとちょっとムッとしたのですが、神社の鳥居でお目当ての写真を撮れると、俄然やる気も出てきたのです。
今年も一番のベストポジションに綿あめ屋さんが陣取っていたのですが、リラックマの袋があります。そう言えば、似たようなキャラもので20年前たれぱんだと言うのがあって、僕は会社のPCの壁紙をだれぱんだにしていて、ビールを持っているような絵柄だったのを懐かしく思い出すのです。
僕は生粋のカープファンで、昔飲み屋であるカープファンのお客さんと仲良くなったことがあるのです。話は変わるのですが、広島で広島風お好み焼きと言うのはNGらしいということを何かで読んだのですが、そりゃ確かに関西風お好み焼きとも言わないよなと変に納得したのです。
去年よりは露店の数も多くお客さんも多いかなと思って、少しばかりおどおどしていると目の前には「DON'T BE AFRAID(恐れないで)」と書かれたTシャツを着た少年がいたのです。そうだな、いつもどおり撮ればいいだけだもんなと、やる気の導火線に火が点いたのです。
去年も悩んだのですが、この神事で使われる輪をくぐって良いものか悪いものなのか、またくぐり方には決まりがあるのか気になってしまって、去年同様写真を撮るだけで終わってしまったのです。せっかく導火線に火が点いたのに、ダメじゃないかと自分を叱る僕がいるのです。
少しばかりしょんぼりとしてしまった僕を待っていたのは、仲良くクーラーボックスの上に座っている二人組の女の子だったのです。露店とは逆の方角を眺めて二人で何をしゃべっているのか、また何を食べているのか気にはなるのですが、とりあえず後ろ姿だけ頂いたのです。
そうだ、神社にお参りしないと・・・すっかり露店巡りで忘れていたのですが、まずは初めにお参りすべきだったようです。それにしても、行く手には女の子たちの集団がいます。やっぱり群れるところなんか子供だな、そう思いながら脇を通り抜け社殿に向かったのです。
大人になるとくじびきや射的が客にとって分が悪いもんだと言うことを知ってしまい、わざわざお小遣いを減らすようなこともしないのですが、子供のうちは大当たりが出るものだと思って大金をはたいてしまったりするのです。でも、それも大人になるための勉強のひとつだと思うのです。
カタヌキ・・・と言うより店主さんが骨抜きにされてしまっているような状況なのです。そう言えば去年もカタヌキは閑古鳥が鳴いていたなと思い出すのです。カタヌキも大人になるための勉強のひとつで、ギャンブル等にのめりこまない人生を子供のうちからスタートさせて欲しいものです。
射的にはコツがあって景品の四隅を狙って回転させるように倒すのが良いということを誰かに聞いたことがあります。でも、その前にその銃の威力で倒れるほど軽い景品なのか確かめたいものなのです。なんだか大人になると夢がなくなってしまいダメだなと思ったのです。


今日はここまでです。

たれぱんだの全盛期を知ってる人ってもういい年だと思うのですが、自分の会社のPCの壁紙は「たれぱんだ」ではなく「だれぱんだ」だったのです。
ビールを持っていて、「いつもよりだれています」の言葉にほっこり仕事をしていたものです。

それにしても大人になるって嫌ですねぇ夢や希望を失ってしまいます。
くじびきや射的ごときに夢と言う言葉は使いたくないのですが、ほんと大人になると露店巡りがあら捜しになってしまいます。

大学時代、「はがは夢がないな」とよく言われたものですが、世間様の言う夢って答えがわかり切ってることで、そんな単純なことに夢なんて言葉を使ってほしくないなと思ったのを覚えています。

大学時代、自分に夢がないなと言った方々、あなたの夢はアメリカの永住権を手にすることだったかと思うのですが、実現しましたか?
自分は今、夢であふれています、下手すると大学時代を超えるくらいの状態です。

そうですね、今の一番の夢は大学時代お世話(一方的に迷惑をかけた)になった方々にお礼とお詫びに行きたいことですかね。
大学卒業後、出した手紙に「いつかは会える」と書いてよこしたMHさん、今でも会えるのを待っています。

そんなこんなで今日は、つい個人的なことを書いてしまったのです。
まだまだ「只見線のあるまちにて」は続いて行くのです。
それではまた。

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