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柔らかな感性で旅する素晴らしさ〜『往き、綾なす』を読んで
この年末年始、ライターのayanさんと宿木雪樹さんによるZINE『往き、綾なす』を読んでいた。
表紙の美しさにも目を惹かれるこの本は、国内や海外を旅し、その偶然の出会いや内面の変化を綴った、旅エッセイ集だ。
ayanさんとは旧知の仲で、たまたま僕も同じ時期に旅エッセイ集を出したため、お互いに本を贈り合い(まるでクリスマスのプレゼントみたいに)、一足早く読ませて頂くことになった。
それはもしかしたら、僕にとって、2024年の最後の「旅」で、2025年の最初の「旅」だったかもしれない。
この『往き、綾なす』は、どの作品を読んでも、思わず旅の世界に誘い込まれてしまう、不思議な魅惑に満ちたエッセイ集だったからだ。
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まず、この旅エッセイ集『往き、綾なす』は、両開きというちょっと変わった仕様になっている。左から読めば、ayanさんによる横書きの作品を、右から読めば、雪樹さんによる縦書きの作品を読めるのだ。
ayanさんも雪樹さんも、その筆致が見事なのは当然のこと、その感性にもハッとさせられる素晴らしいものがある。それぞれに7編、全14編。旅先もテーマも様々だけれど、ayanさんの細やかで美しい文章表現にも、雪樹さんの小説のような文章の雰囲気にも、自然と心を奪われてしまう。そして、2人に共通しているのは、その感性の柔らかさだ。
たとえば、ayanさんに、スペイン人男性たちとの出会いを描いた、「三度目のミラクル」という1編がある。
まるで小さな奇跡のように、彼らとの不思議な再会を繰り返し、やがてマドリードのバルに辿り着いたayanさんは、こんなことを思うのだ。
観光客はほとんどこないであろうローカルの常連ばかりのバルのスツールに腰掛けながら、なにかひとつでも違っていたら、私は今夜ここにはいなかったんだろうなと思った。
たぶん、旅が好きな人なら、誰しも似たような経験をしたことはあるはずだ。でも、そんな何気ない瞬間に、柔らかな気持ちで反応し、それをさりげない言葉で描けるのは、なんて美しいことなんだろうと感じる。
ときに友人と、ときに一人で旅するayanさんのエッセイは、旅という短くも豊かな時間の素晴らしさを、存分に伝えてくれるものとなっている(ちなみに、静岡の旅を描いた1編には、ちょっとだけ僕が登場する)。
一方、雪樹さんのエッセイは、実際の旅を描きながらも、まるで短編小説のような芳醇な味わいを感じさせる作品が並ぶ。たとえば、フランスのパリの旅を描いた、「ルーヴル美術館で恋をした」という1編もそうだ。
幼少期に心を動かされた少女像を求め、美術館の中を探し回り、ようやくそれを見つけた雪樹さんは、こんなふうに書いている。
もっとリアルな彫刻はほかにもあったのに、彼女がいちばん生きているように見える。頬がわずかに染まったような、髪の毛が風になびいたような。何よりも私が恋をした指先は、たしかにぬくもりを感じられた。叶うなら、彼女に手を包まれたい。
そこには、どこまでも柔らかな感性と、それを描ききるだけの見事な筆致、両方があって初めて生まれる旅の文章がある。たぶん、どちらが欠けても、こんな素敵なエッセイは生まれないのだ。
シンガポール、函館、沖縄……、雪樹さんのエッセイもまた、こちらまで思わず旅に出たくなるような、爽やかな読後感を与えてくれる作品ばかりだ。
そして、ayanさんと雪樹さん、それぞれの最後の1編は、宮崎への旅を描いたエッセイとなっている。宮崎に住む仕事仲間の女性を訪ねて一緒に行った旅のことを、それぞれの視点で描いているのだ。
あるいは、旅というものの奥深さ、そして旅を書くということの面白さを最も伝えてくれるのは、この宮崎の旅を描いたエッセイかもしれない。同じ旅をしているはずなのに、感じていることは違い、その描き方も違うのだ。でも、どちらも、とても美しい。
やがて、それぞれの宮崎の旅エッセイを読み終えたとき、読者は気づくことになるかもしれない。
タイトルの『往き、綾なす』という言葉の意味を、そして、美しい表紙の小さな秘密を……。
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同じ時期に旅エッセイ集を出した一人として、この『往き、綾なす』を読みながら、あらためて思えたことがある。
たぶん、旅を書くうえで本当に大切なのは、どんな壮大な旅をしたかとか、どんな面白い経験をしたかではないのだ。
ささやかな旅でもいい。でも、どこまでも豊かな感性で旅をして、そのとき感じたことを正確に描いていく。それこそが、旅を書くうえで大切なのだ。
ayanさんと雪樹さんの『往き、綾なす』は、まさにそんな一冊だった。そして、この本を読みながら、旅を書く仲間として、新しい年の始まりに、どこか背中を押されるような気持ちになれたのだった。
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