手塚 大貴

旅行ライター。旅の“素敵”を伝えたい。ここではないどこかへ、ときどき旅立ちます。旅エッセイやコラムが得意。お仕事のご依頼は hirotaka.journey@gmail.com まで。

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トルコの旅で心惹かれたのは、たった一杯のチャイだった

遠い太鼓に誘われたわけでも、ミッドナイト・エクスプレスに乗ったわけでもないけれど、この秋、初めてトルコへ旅に出た。 大都市イスタンブールから、黒海地方の町々へ。ずっと行ってみたかったトルコは、思わず心を動かされるような、美しい風景や人々との出会いで溢れた国だった。 そんな旅から帰ってきて二週間近くが経ったいま、ふっと思い出す光景がひとつある。 それは、一杯のチャイのある光景だ。 チャイとは、トルコで飲まれている紅茶のことで、ミルクは入れずに、好みで砂糖だけを入れて飲む

    • 紙が好きだから、旅のエッセイ集を作ることにした

      この秋の日、郵便受けを覗いたら、フランスから一通の封書が届いていた。 なんだろう、と思って封を開けると、入っていたのは、この夏に現地へ観戦に行ったパリオリンピックのチケットだった。 どうしてオリンピックは終わったのに、いまチケットが届いたのかというと、それには理由がある。 実は、近年のデジタル化の波を受けて、パリの競技会場で使ったのは、スマホに届くモバイルチケットだった。 その代わりとして、パリオリンピックが用意したのが、記念としての「紙チケット」だったのだ。チケット

      • 心の中でシャッターを切った、旅の風景のこと

        旅に出たら、心の動かされた風景は、なるべく写真に撮っておきたい、と思う。 もちろん、自分の目でしっかり見ることも大切だ。 でも、写真に残しておくことで、何年経ってもそれを見返すと、一瞬でその旅の思い出に浸ることができる。 まさに旅人にとって、旅の写真は、他には代えられない宝物なのだ。 しかし、である。 旅をしていると、ときに、写真に撮りたくても、撮ることのできない風景に遭遇することがある。 心の動かされたこの風景を、写真に残しておきたいのに、どうしてもそれができな

        • パリで1番好きになった、エッフェル塔のある風景

          この夏、パリを旅していて、好きになった光景がひとつあった。 僕は16区のパッシー地区に泊まっていたので、最寄りのパッシー駅に停まるメトロ6号線に乗ることが多かった。 メトロといっても、パッシー駅のホームは地上にあって、モンパルナス方面へ行く列車に乗ると、しばらくは高架の線路を走ることになる。 そうしてパッシー駅を出た列車は、すぐにセーヌ川に架かるビル・アケム橋を渡っていく。下層は一般の道路になっている、大きな橋だ。 すると、車内の乗客たちは、まるで申し合わせたみたいに

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          パリの人の温かさに触れられた、小さなホテルの話

          パリに着いた最初の日、ホテルにチェックインした後、夜の凱旋門を見に行った。 ところが、シャルル・ド・ゴール広場に立ち、ライトアップされた凱旋門を写真に撮っていると、不意に雨が降ってきた。 夜の空には、雷鳴とともに紫の稲光が煌めき、雨脚はどんどん強まっていく。 折り畳み傘を部屋に置いてきてしまった僕は、仕方なく街歩きは諦め、近くの駅からメトロに乗って、ホテルへ帰ることにした。 メトロ6号線をパッシー駅で降りると、地上にあるホームは水浸しで、まるで日本のゲリラ豪雨のように

          パリの人の温かさに触れられた、小さなホテルの話

          グリーンランド経由パリ行きで感じた、「窓側の席」の至福

          どんなに長距離のフライトでも、飛行機に乗るときは、窓側の席に座るのが好きだ。 とはいえ、通路側の席の快適さに気づいた最近は、席を選択するとき、少し迷うことも増えてきた。 いつでもトイレへ行ける安心感はもちろん、窓側の席の窮屈さや閉塞感もなく、通路側の席は開放的な気がするからだ。 この夏、エールフランスでパリへ飛んだときも、席の選択にはちょっと迷った。 直行便なうえ、今はシベリア上空を飛べないため、かなりの大回りとなり、フライトは14時間を超えるという。 さすがに今回

          グリーンランド経由パリ行きで感じた、「窓側の席」の至福

          ドイツのケルンでは、アルトビールを注文してはいけない

          異国を旅していると、たまに、思いがけないピンチに遭遇する。 飛行機の欠航に見舞われることもあれば、悪い人に騙されそうになったり、ちょっと危険なエリアに迷い込んでしまったりすることもある。 でも、いろんな国を旅してきても、こんなにも奇妙なピンチに遭ったことはなかった気がする。 ある昼下がり、ドイツのケルンにある小さなレストランで、あと一歩踏み込んでいたら大変なことになっていたかもしれない……というピンチに、遭ってしまったのだ。 その「ピンチ」に遭う前日、ドイツのデュッセ

          ドイツのケルンでは、アルトビールを注文してはいけない

          オランダの旅でミッフィーが気づかせてくれた、「ぬい撮り」の面白さ

          何年前かの春、山梨へ桜を見に行ったときのことだ。 美しく咲き誇る桜にカメラを向けていると、少し離れたところで、可愛いクマのぬいぐるみを手にして、桜をバックに写真を撮っている若い女性がいた。 彼女はいわゆる、「ぬい撮り」をしていたのだ。 すると、その光景を不思議そうに見ていた中年の女性が、小馬鹿にしたような口調で言った。 「いい大人がぬいぐるみで写真撮ってるなんてねぇ……」 それを横で聞いていた僕は、その若い女性に聞こえてしまうような声で言う無神経さに腹を立てたが、内

          オランダの旅でミッフィーが気づかせてくれた、「ぬい撮り」の面白さ

          果てしない想像から旅は始まる 〜鈴木亮平『行った気になる世界遺産』

          つい先日、ふとした縁から、鈴木亮平さんの『行った気になる世界遺産』という旅行記の本を読んだ。 目次を開くと、カナイマ国立公園、古代都市チチェン・イッツァ、オルチャ渓谷、サマルカンド文化交差路など、世界遺産好きな鈴木さんらしい旅先がずらりと並ぶ。 ところが、次のページを繰ると、そこには思いがけない一文が書かれている。 実はこの本、実際に行って書くのではなく、頭の中の想像力で書いた、世にも不思議なフィクションの旅行記なのだ。 正直、この本を読み始める前の僕は、行かずして旅

          果てしない想像から旅は始まる 〜鈴木亮平『行った気になる世界遺産』

          次の旅では、カメラを片手に。沢木耕太郎『心の窓』を読んで

          この春、カザフスタンのアルマトイで、路線バスに乗っていたときだった。 混雑した車内で、僕が後ろのドアに面した通路に立っていると、途中の停留所から、4人の少年少女たちが乗ってきた。 僕のすぐ近くに立つことになった彼らは、小学生らしい男の子3人と、中学生らしい女の子1人、という姉弟だった。 男の子たちは遊びたい盛りらしく、揺れるバスの中でも、お互いにちょっかいを出し合ったり何かふざけた言葉を言い合ったりしている。 女の子は興味がなさそうに彼らのことを放っていたが、他の乗客

          次の旅では、カメラを片手に。沢木耕太郎『心の窓』を読んで

          ひとり旅って、自分の素の気持ちが見えてくる瞬間がある

          ひとり旅って、普段はあまり気づけないような、自分の素の気持ちがふっと見えてくる瞬間がある。 カザフスタンの旅で、タラズという街からシムケントという街まで、鉄道に乗ったときだった。 チケットに記されてある4人寝台の部屋へ行くと、僕の他に誰も乗っていない。 シムケントまで大きな駅には停まらないらしいから、3時間あまりの間、僕はこの部屋でひとりで過ごすことになりそうだった。 列車での人との交流を楽しみにしていた旅人なら、ちょっとがっかりするものなのかもしれない。 でも、僕

          ひとり旅って、自分の素の気持ちが見えてくる瞬間がある

          14年前、真夜中の香港で助けてくれた、あなたへ

          お元気にしていますか? ……と書いても、あなたは僕のことを、もう覚えていないかもしれません。 旅人が出会いを忘れられなくても、その人にとっては、旅人のことなんてすぐに忘れてしまうはずですから。 でも、僕にとって、あなたは今でも忘れることのできない存在で、あの日ちゃんと言えなかったお礼の言葉を、この手紙という形で、どうしてもお伝えしたいのです。 あれは14年前、香港の夜でした。 その冬の夜、僕は香港の中心部にある、重慶大厦のゲストハウスに泊まっていました。 あの頃の

          14年前、真夜中の香港で助けてくれた、あなたへ

          赤ちゃんが泣く機内で、さりげない優しさを見た話

          国内でも海外でも、飛行機に乗っていると、機内で赤ちゃんが泣き始めてしまう光景に出会うことがたまにある。 僕自身は、そんな光景に遭遇しても、それを不快に思うことはあまりないタイプだ。 もちろん、静かな機内に赤ちゃんの大きな泣き声が響けば、少し気になるくらいのときはある。 でも、赤ちゃんが泣いてしまうのは自然なことだし、そのくらいのことは静かに受け入れられる大人でありたいと思っている。 だから、近くの席で赤ちゃんが泣き始めても、別に泣いてもいいんだよ……と心の中で思いなが

          赤ちゃんが泣く機内で、さりげない優しさを見た話

          トウモロコシと、ポモドーロと、バクラヴァと

          その夕方、カザフスタンのシムケントという都市にいた。 ウズベキスタンの国境に近く、やたらと車のクラクションが鳴り響く街は、アジアらしい猥雑さで溢れている。 ホテルに荷物を置いた僕は、日が暮れる前に、中央バザールへ行ってみることにした。 初めての都市を訪れて、まずどこへ行くか迷ったときは、つい市場へ行きたくなる。 その土地の人々の暮らしを垣間見ることができる、という理由もある。 でも、それだけでなく、市場という場所は、孤独な異国の旅人にとって、一種のパワースポットだと

          トウモロコシと、ポモドーロと、バクラヴァと

          カザフスタンの世界遺産は、何もない大草原だった

          その朝、ホテルで簡素な朝食を食べながら、そこへ本当に行くべきかどうか、迷っていた。 春のカザフスタンの旅の途中、タラズという小さな町で迎えた朝だった。 何もなさそうな町で1泊してみるのもいいかもしれない……と立ち寄った町だったけれど、そのタラズは想像以上に、何もない町だった。 前の日の夕方、カザフスタン鉄道をタラズの駅で降りても、どうやら観光客は僕一人しかいないようだった。 駅を出て、夕暮れの町を歩き始めても、心を動かされる風景は何もない。 陰鬱な曇り空の下、彩りを

          カザフスタンの世界遺産は、何もない大草原だった

          春のカザフスタンで手に入れた、たったひとつの旅のお土産

          この春、中央アジアのカザフスタンを旅してきた。 旅に出る前、「どうしてまたカザフスタンへ?」と不思議そうに訊かれることもあった。 それこそ村上春樹さんのラオスのように、「カザフスタンにいったい何があるというんですか?」というニュアンスを込めて。 正直に言えば、カザフスタンで何を見たいとか何をしたいというわけではなかった。 去年の秋、ウズベキスタンを旅したら、なんとなく隣のカザフスタンへも行ってみたくなった。 たぶん、それ以上の理由はなかったように思う。 そんな単純

          春のカザフスタンで手に入れた、たったひとつの旅のお土産