沈む寺|毎週ショートショートnote
僕は朱色の大きな門を見上げていた。門の先には本堂と思われる建物が小さく見える。多分、この門からかなりの距離があるのだろう。
――また、この夢か……。
忘れた頃に、必ずと言っていいほど見る夢。
この寺院らしき場所が何なのか、どこにあるのか、そもそも実在するのかも分からない。
ネット上で京都や奈良の有名な寺院を一通り調べてみたが、今のところどれも夢の中の場所とは合致しなかった。
門をくぐり、本堂までの真っ白な道を少し歩いたところでいつも目が覚めてしまう。具体的な場所を示す手掛かりが何も得られないのがもどかしい。
――どうせ今日もすぐ覚めてしまうんだろうな。
そう思いながら、門から本堂まで伸びる道を進む。
じゃり……じゃりと、玉砂利を踏みつける感覚が、妙にリアルに足の裏から伝わってくる。
――なんか……違うぞ。
じゃり……じゃり……。
歩調を速めると、本堂が少しずつ近づいてくる。
――頼む! このまま覚めないでくれ!
その思いが通じたのか、ついに本堂の目の前まで来た。巫女さんが本堂に向かって手を合わせている。
「あのー……」
僕が声をかけると、巫女さんは振り向いた。切れ長の細い目が僕を捉える。
あれこれ考えている暇はない。夢が覚めてしまう前に、ここがどこなのかを聞き出さないといけない。
「ここって……一体どこにあるんですか?」
巫女さんの細い目が、さらに細くなる。
「よくここに辿り着きましたね。あまり良いこととは思えませんが」
「いやあの、場所を教えてください。お願いします」
「場所を知って、どうするつもりですか?」
質問に答えてくれない上に、全く感情がこもっていない口調に少しイラつく。
「だから、場所を教えてほしいんですよ! 何県ですか? 東北ですか? 関東ですか?」
早口でまくし立てると、突然体が宙に浮くような感覚に襲われた。
――まずい!
「探しものというのは、存外近くにあるものですよ?」
巫女さんはそう言うと、僕に向かって手を合わせ、深々とお辞儀をした。
「ちょっと待って!」
飛び起きると、いつもの自分の部屋だった。
――ダメだったか……。
バタッと背中から倒れこみ、何気なくスマートフォンを手に取る。
「凌空静寺、移設完了」
という見出しのニュースが目に入った。
確か近所の神社が別の場所に移転したとか……。
ニュースの中に、移転前の神社の写真が何枚か掲載されている。
――あ。
夢の中で見た寺院、そのものだった。
きっと、僕の意識の中に沈んでいたのだろう。
(了)
たらはかにさんの企画「毎週ショートショートnote」に参加しています。
今週のお題は「沈む寺」です。
毎ショのメンバーシップ内でお題を出し合い、投票で決まったお題です。
(実は私が出しました)
ドビュッシーの前奏曲第1集の第10曲「沈める寺」から頂きました。
こちらもどうぞ。
テーマ「創作」でCONGRATULATIONSを頂きました!