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【読書】ブルース・チャトウィン『ソングライン』

『パタゴニア』を読んで以来、いつか読もうと思っていたブルース・チャトウィンのもうひとつの代表作『ソングライン』。

図書館で借りて済まそうと思っていたのですが、P262からの3ページにさしかかって、やっぱり買うことにしました。たぶん今年読んだ中で最高の一冊。

P264
もしそうなら、もし砂漠が僕たちの“故郷”なら、僕たちの本能が砂漠の厳しさに耐え抜くために培われたのだとするなら──僕たちが緑の牧場に飽きてしまうわけも、所有することに疲れてしまうわけも、パスカルの想像する人物が、快適な宿を牢獄と感じたわけも、たやすく理解できるのである。

旅すること、移動することへのこだわりは、『パタゴニア』のときよりも前面に出ているようでした。中盤以降には、チャトウィンの覚え書き「旅のノート」が登場します。その冒頭に記された引用は、彼の哲学を端的に言い表したものに見えました。

我々の本性は動くことにある──全き平静は死である。 パスカル『パンセ』

平静は「死」を意味する ── これを読んで、少し前の本文中にあった一文が、急激に不穏な空気をまとって思い起こされたのを覚えています。

「僕は、人生における“旅の季節”が遠からず終わることを予感していた」

訳者あとがきを読んで知ったのですが、ブルース・チャトウィンは本書執筆中にHIV陽性の告知を受け、すでにエイズ発症の段階に至っていたようです。後半を読んでいて感じた、持てるすべてを表現せんとする気迫、あるいは焦りみたいなものは、これで説明がつくと思いました。

この本の帯には「紀行文学の最高傑作」とあります。でも、この作品は決して整っていません。むしろあわてて乱雑に詰め込んだ旅行カバンのように見える。にも関わらず、その不完全さが返って人の心をとらえるということがあるのですね。

やっと一番好きと言えるかもしれない作家に出会ったのに、著作が7作品しか、うち翻訳されているのは6作品しかないことを知りました。ほぼ絶版になってるようですが、なんとか探し出そうと思っています。(※)

(2012/12/25 記、2023/1/8 改稿)

※ 2012年時点の記述です。その後、残りの1作品が翻訳され、また絶版のものも復刊しています。(2024/1/8)


ブルース・チャトウィン『ソングライン』英治出版(2009/2/27)
ISBN-10 4862760481
ISBN-13 978-4862760487

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