【読書】梨木香歩『家守奇譚』
以前読んだ『村田エフェンディ滞土録』は、どうやら、この『家守奇譚』のスピンオフ作品だったようです。知らずに読んでいました。筋書きに大きな絡みは無いようですが、世界観や時代設定は同じということのようです。
── もの悲しいような熱のとれた風が吹いてくる。さすがに夕暮れにもなると、晩夏は夏とは違うと気がつく。(P66)
── 黒い小さな虫が腕の辺りを歩いて肘の近くで止まった。そのままそこに馴染んだ、と思ったらほくろになってしまった。(P84)
── 夏の野山はその生命力でこちらをとって喰わんばかり、冬は厳しくて跳ね飛ばされるよう、春は優しく柔らかでもやもやとしている。何といって、透明度の高さで秋の野山に如くはない。(P101)
── 拝聴するところ、確かに心惹かれるものがある。正直に云って、自分でもなぜ葡萄を採る気にならないのか分からなかった。そこで何故だろうと考えた。日がな一日、憂いなくいられる。それは、理想の生活ではないかと。だが結局、その優雅が私の性分に合わんのです。私は与えられる理想より、刻苦して自力で掴む理想を求めているのだ。こういう生活は、
私は一瞬躊躇ったが勢いが止まらず、
──私の精神を養わない。(P185)
季節の情景を文章にさせたら、この人は第一級の使い手ですね。トレイルランニングというスポーツで地元の里山を走るようになって、じき一年になるのですが、四季を通して同じ山の景色を見てきて、梨木さんの表現には大いに納得するところがあります。
それから、この本で描かれた世界は、現実とそこから僅かに逸脱した部分とのなんというか“距離感”が絶妙で、うーん、これを文字で表現できるのかあ、と恐れ入ってしまいました。
大好きな一冊です。
(2013/6/25 記、2013/1/28 改稿)
梨木香歩『家守奇譚』新潮社(2004/1/30)
ISBN-10 4104299030
ISBN-13 978-4104299034