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【読書】ブルース・チャトウィン『ウッツ男爵―ある蒐集家の物語』

早逝した作家ブルース・チャトウィン最晩年の作品。冷戦下のプラハを舞台に、ひとりのマイセン磁器蒐集家を描いた小説です。

── とどのつまり、この国家的装置は戦争や革命ではなく、一陣の風、あるいは落ちる木の葉の音で、あっけなく消え去るかもしれないのだ……
(ブルース・チャトウィン『ウッツ男爵』, P171)

原著、"Utz"の発表はたしか1988年。この文章をベルリンの壁崩壊前に書いたと思うと、この人の感性の鋭さ、慧眼に改めて驚かされます。

ブルース・チャトウィンは、作家になる以前、オークション会社サザビーズに勤めていた経歴を持つそうです。このため、マイセン磁器のような美術品の世界にも造詣が深かったのでしょう。しかし、デビュー作『パタゴニア』や前作『ソングライン』を読んで、ぼくには「辺境を旅する作家」のイメージが強かったため、彼の最後の作品が、パタゴニアの荒野やオーストラリアの砂漠と対極を成すような古都プラハを舞台とし、旅や放浪と対極を成すような「蒐集への偏愛」を題材としたものであったことに、少し戸惑いました。

容易に実体のつかめない主人公ウッツを通して作り上げられた儚げな世界は、もしかすると病に蝕まれつつある晩年のブルースの人生観を反映したものなのかもしれません。一読者の勝手な想像です。ブルース・チャトウィン本人もまた、少ない著作から実像をつかむのが難しい。そして、だからこそ興味が尽きません。

さて、彼の著作で、まだ読めていない邦訳作品は残すところ『ウィダの総督』のみ(※)。絶版で、図書館にも蔵書がないから古書で探します。

(2013/1/9 記、2024/1/8 改稿)

※ 2013年1月時点の状況です。当時、長編で唯一邦訳されていなかった“On The Black Hill”は、現在は『黒ヶ丘の上で』 のタイトルでみすず書房から出版されています。(2024/1/8)


ブルース・チャトウィン『ウッツ男爵―ある蒐集家の物語』文藝春秋(1993/8/1)
ISBN-10  4163142002
ISBN-13  978-4163142005

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