【読書】池田清彦『38億年 生物進化の旅』
先ごろ読んだ『銃・病原菌・鉄』は、人類史1万3000年を上下巻約800ページに収めたものでしたが、今度のは生物史38億年を200ページに収めようという試み。圧縮率は百万倍以上です。
『銃・病原菌・鉄』の前提となる「人類史以前」を垣間見ることができ、同書でしばしば触れられる「新大陸では更新世末期までに大型哺乳類が絶滅……」の「更新世」の位置付けがイメージできるようになりました。
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P52
そのときの環境の激変によって、真核生物の細胞は外部から相当に激しいバイアスを受けた。遺伝子自体がそこで大きく変わったのではなく、遺伝子の新しい使い方をするシステムが出来て、それによって様々な多細胞生物が一気に出現したのだろうと私は考えている。
いま、われわれ人間の体は六十兆ほどの細胞をもっている。三桁近い細胞の種類があって、それぞれの細胞の種類ごとにDNAの発現の仕方が違っている。同一個体の細胞の中にあるDNAは同じなのだけれども、使っているDNA が細胞の種類ごとにまちまちで、それぞれ全然違うわけである。
P56
グールドはカンブリア紀には、現在よりはるかに多くの動物の「門」があったと主張している。
門というのは生物を分類するときの「界」の下の大きな単位である。動物だったら、「動物界」の下に「門」がある。なお、その下にさらに「綱(こう)」「目(もく)」「科」「属」「種」と続く(ヒトで言えば、「動物界」「脊索(せきさく)動物門」「哺乳(ほにゅう)綱」「霊長目」「ヒト科」「ホモ属」「ホモ・サピエンス」という分類になる)。
P77
カンブリア紀の前のヴェンド紀のエディアカラ生物群において見られた、変わった対称性をもつ生物(鏡映対称性はもたないけれども回転対称性あるいは映進対称性あるいは螺旋対称性をもつような生物)は、その後はもう出ていないのだ。
エディアカラ生物群はヴェンド紀末にほとんど絶滅したが、ごく一部のバージョンだけが生き残り、バージェス頁岩の生物群に代表されるカンブリア大爆発につながっていく。対称性に着目するならば、おそらく生き残ったのは、鏡映対称性をもつ生物すなわち放射相称動物と左右相称動物だけだったということなのかもしれない。それが、現在いる動物につながっているというわけだ。
(中略)「種」の数だけで言えば、地球の歴史上、現在がピークである。少なくとも1000万種の生物が地球上にいるとされている。(中略)しかし、「種」よりもずっと大きな分類群──たとえば「門」や「綱」といったレベル──でいえば、時代が下るに従って、それらの構成要素は多少とも変遷したが、その数は増えてはいない。
P101
魚類がこれほどに多様化したことは、しばしば、「適応放散」(アダプティブ・ラディエーション)や「生態学的収斂」(エコロジカル・コンバージェンス)という言葉で説明される。適応放散は、ひとつの系統が様々な環境に適応して適当なニッチ(生態的地位)にはまり、多様な形態をもつ種に分化していくことを指す。一方、生態学的収斂は、異なる系統の生物でも同じニッチに適応したものはよく似た形態になることを指す。
P110
それはつまり、爬虫類という新しくて大きなグループが出る際には、両生類が両生類として進化していった果てに爬虫類になったわけではないということだ。そうではなくて、いちばん古いタイプの両生類の中から爬虫類に変わるものが出ているのである。その前の、魚から両生類が出たケースも同様で、魚のあるものがどんどん進化していってそのいちばん進化した魚が両生類になったということではなく、最も原始的なタイプの魚類(肉き類)の中から両生類になるものが出ているのだ。
P154
実は現世の哺乳類で最大のグループは齧歯類(目)である。齧歯類とはネズミの仲間のことだが、1800種ほどあると考えられている。次に多いのはコウモリの仲間である翼手類(目)で、これは約1000種いる。哺乳動物の現世種の数は、およそ4500と言われているわけだから(中略)齧歯類と翼手類だけで哺乳動物の五分の三以上を占めていることになる。(中略)長鼻類のゾウは今、二種しかいない。こういった動物たちは、人間が関与しようがしまいが、恐らく絶滅への階段を転がり落ちている過程にあると思われる。
P157
爬虫類と哺乳類の線引きは、明確にはなかなかできない。(中略)一般的にはよく、「胎生で子を乳で育てるものが哺乳類」というふうに考えられているかもしれない。けれども、哺乳類のすべてが胎生というわけではない。(中略)そもそも、絶滅動物の化石を見たところでその子宮がどうだったかということは判然としない。
P187
草原は新生代になって初めて出来るのだが、それは草花の出現の時期が広葉樹より少し遅かったからである。中生代に進化したのはいわゆる樹木の花で、新生代になって草花が進化する。(中略)寒冷化傾向の環境下では乾燥が進むので、森林よりも草原のほうが適応的になったと思われる。
草原の発達に呼応するように、草食性の偶蹄類や奇蹄類が進化し多様化していく。
P214
現代人類の共通の祖先は、分子系統的に見ると、約14万年前にアフリカにいた小集団である。そのアフリカのホモ・サピエンスが、約10万年前にアフリカを出て、世界に分布を広げ始める。彼らは、北方からアジアにまで広がり、そしてホモ・エレクトスの子孫(たとえばジャワ原人や北京原人)とのコンペティション(競争)の結果、ホモ・サピエンスだけが残って、栄えたのである。
P219
進化を自然選択の考え方でしか捉えられないとこのモーガンのようにダーヴィニズムの呪縛から逃れられなくなるが、ヒトに体毛がほとんどないというのはおそらく適応進化ではない。人類は何度も氷河の時代を乗り越えてきたわけで、体毛が多くあった方がむしろ適応的であるはずなのだから。
(中略)
頭が大きく(脳が発達していて)、なおかつ体毛もあれば、それがもっとも適応的で有利だったかもしれないわけだが、なぜかヒトはそうならなかった。体毛がなくなったことと、頭が大きくなったことは、トレードオフの関係にあるのかもしれない。脳の巨大化と体毛の減少は、これを発現させる遺伝子の使い方が、多少ともリンクしていると考えればよいのだ。(中略)脳が大きくなったのと呼応して体毛が薄くなったということが証明できればおもしろいのだが、化石には体毛は残らない。
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以下、補足情報
<概略年表>
地球の誕生:46億年前
最初の生命:38億年前
最初の多細胞生物:6億年前(エディアカラ生物群)
原生代/ヴェンド紀:6億2000万年前~
古生代/カンブリア紀:5億4000万年前~
オルドビス紀
シルル紀
デボン紀
石炭紀
ペルム紀
中生代/三畳紀
ジュラ紀:2億年前~
白亜紀:1億4500万年前~
新生代/古第三紀/暁新生
始新生
漸新世(ぜんしんせい)
新第三紀/中新生
鮮新生
第四紀 /更新世
完新世:1万年前~現在
<分類>
界(かい):動物界
門(もん):脊索動物門
綱(こう):哺乳綱
目(もく):霊長目
科(か):ヒト科
属(ぞく):ホモ属
種(しゅ):ホモ・サピエンス
<用語>
V/C境界:
ヴェンド紀とカンブリア紀の境
エディアカラ生物群:
1946年にオーストラリアのエディアカラ丘陵で発見された動物の化石群。ヴェンド紀後期の地層から様々な形の多細胞生物の化石が見つかった。
バージェス頁岩:
カナダ、ブリティッシュ・コロンビア州、ワプタ山中にある古生代カンブリア紀中期の地層。1909年に化石が発見された。カンブリア大爆発の痕跡として有名。
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薄い本だからと思って気軽に読み始めたのですが、予想以上に内容が濃くて読むのに時間がかかりました。そりゃそうか。なにしろ38億年分だ。人類史が些細な出来事に見えてきます。
南アメリカ、グリプトドン(でっかいアルマジロ。P180に骨格の写真が載っています)というキーワードで、ブルース・チャトウィンの『パタゴニア』を思い出しましたが、同書を読み返してみたところそっちはミロドンで、でっかいナマケモノでした。ただの勘違い。
(2012/11/18 記、2024/1/3 改稿)
池田清彦『38億年 生物進化の旅』新潮社 文庫版(2012/8/27)
ISBN-10 4101035261
ISBN-13 978-4101035260