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【読書】梨木香歩『エンジェル・エンジェル・エンジェル』〜その2(単行本)〜

(注意 ネタバレを含みます)

娘がネットでひろってきた情報によれば、文庫本(新潮社(2004/2/28))と単行本(出版工房 原生林(1996/4/20))では結末が大きく違うとのこと。彼女が読みたいというので、単行本の方も探しました。絶版のため市立図書館で予約。先客が何人もいてしばらく待つことになりました。

読んでみると、ストーリーに変更があるということではなく、文章の削除と追加があるということでした。

1996年の単行本は、公子が木彫りの羽を「天使の羽でもなく蝙蝠の翼手でもない大鷲の翼」と表現して、天と地の間を「バランスをとってとぼうよねえ さわちゃん」と語りかける直接的なメッセージで結ばれています。

2004年の文庫本ではこの2ページがばっさりカットされ、代わりに木彫りを通してツネさんの心情をほのめかすことで、より婉曲な形で読者へのメッセージを試みているようです。

単行本からの削除部分の代わりに文庫版で追加されたのは、ぼくがこの作品の中で一番好きな文章でした。すなわち、

元々の木の質に妙な筋があり、それがどうかすると蝙蝠じみてさえ見えた。だが時間をかけて丹念に引っかいたような跡があるのは、それに気づいた作り手が、なんとかふわふわした天使の羽の質感を出そうと努力した結果なのだろう。

──というくだり。

短編小説は、いかに書くか、ではなく、いかに「書かないか」が勝負だと何かの評論で読んだことがあります。これにはおそらく読者との間の絶妙な距離感覚が求められるのではないかと思います。

本作品は短編にあたらないかもしれませんが、文庫版でのこの修正は、単行本で「書きすぎた」と感じた著者が、文庫版で読者に想像の余地を取り戻した、ということではないでしょうか。

文庫版を読んだときは、なんだか結末があっけなくて、もう少し説明が欲しいような気もしました。だからこそ娘は、ぼくにも読ませてなんらかの解釈を得ようとしたのでしょう。ですが、この「読者へのちょっと無理目なパス」による消化不良感は、意外と読後の印象を強烈なものにする効果があるようです。

ちょっと無理目なパスをなんとか受けとって、勝手な解釈をさせてもらえば、この作品のテーマは「原罪と救済」であって、これについては単行本も文庫本も変わらないのではないでしょうか。違うのは読者との間合いで、ぼくは文庫版の方が好きです。

なお、この単行本と文庫本の違いを、誤記も含めてひとつひとつ洗いだしている一般読者の方のブログがあり、これを見ると細かい違いがよくわかりました。なんてマニアックなことをするんだと思いつつ、ちょっと共感もしてしまいます。同ブログに書かれた書評については若干の異論がありましたが、それは人それぞれ。この人の細かい仕事に拍手を送りたいと思います。

(2014/9/27 記、2024/10/1 改稿)


(単行本)
梨木 香歩『エンジェル・エンジェル・エンジェル』出版工房 原生林(1996/4/20)
ISBN   ‎ 487599074X

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