【読書】梨木香歩『冬虫夏草』
巻末に、
・クスノキ ~ 紫草『ヨムヨム』第1号(2006年12月)から第23号(2011年11月)に断続掲載。
・椿 ~ 茅『波』2012年7月号から2013年7月号に連載。
・単行本化にあたり、加筆。
……とあります。
前半と後半でやや印象が異なるのは、掲載誌の違いの故でしょうか。
前作『家守綺譚』と同様に基本は一話完結ですが、『波』掲載となった後半は「鈴鹿の探索」という、より大きなストーリーに貫かれています。読み進むにつれて壮大なドラマへの期待感が増してきますが、意表をついてあっけなく終わるこの読者の裏をかくような「すかし技」は、一話ごとにも多用されていて、もはや作者の十八番と言えるかもしれません。どんなに奇天烈な発想を持ちこもうとも、梨木香歩さんの作品は「日常の裏庭」という領域から足を踏みはずさない。それが独特の世界観となって魅力を放っているように思います。
そうして展開される一話一話の短いストーリーの中には、胸に迫るシーンや美しい情景描写が数多くあり、ああ、やっぱりこの人は天才だなあと感心してしまいます。
「ヤマユリ」で描かれる、汽車の中での断髪の女性との予期せぬ接触では、頁が甘やかな芳香を放っているようでした。こういう匂いのする文章を初めて読みました。
月光に照らされたモリアオガエルの卵のくだりでは、残酷でありながら、ある種神聖で官能的でもある美しい情景に息をのみました。
「キキョウ」のわずか数頁には松子さんの一生が詰まっていて胸を打ちます。
「枇杷(びわ)」で展開される「今の形状」と「先の形状」の議論は、哲学者木田元さんの著書にあった万物を「なるもの」ととらえる世界観を連想させました。
「オミナエシ」で河童の少年が語る人生観も同様で、これは本書全体の底流をなす考え方と言えるかもしれません。
(2015/2/22 記、2024/10/10 改稿)
梨木香歩『冬虫夏草』新潮社(2013/10/31)
ISBN-10 410429909X
ISBN-13 978-4104299096