「人生を変えた一冊」恩師との出会い①
今年の「ジャムの旅」も無事終了したので、ちょっと懐かしい人に思いを馳せてみよう。
たくさんの人達との出会いの中で、僕はパティシエとして20年以上も働くことができているのだけれど、その中でも大きな影響を受け、人生を変えてくれた恩師がいる。
ベルギー、ゲントという街にある老舗パティスリー「ダム」のシェフ、ピット・ファベールさんだ。
パティシエとして働き始めて5年ほど経った頃から、ヨーロッパに渡って働いてみたいなと思い始めた。
フランス語を習い始めたり、先輩シェフの方々にお話を聞きに行ったり、ワーキングホリデーに応募してみたり、色々アクションは起こしてはいたが、なかなかヨーロッパへの突破口を見つけられずにいた。
もう25歳くらいの中堅なのに、自分の仕事にもなかなか自信が持てず、モヤモヤしながら日々を過ごしていた。
そんなある年のバレンタインシーズンに、当時働いていた金沢でチョコレートフェアが行われることとなり、金沢市と姉妹都市であるベルギーのゲント市から本場のシェフが来日することを知った。
自分が働いていたホテルからもケーキやチョコレートを出店することとなり、僕はチョコレートのピエスモンテ(大きなチョコレート細工)を飾らせてもらえることになった。(前年のチョコレートコンクールで賞を取ったことで多少自信もあった!)
フェアが開催される前日に搬入があり、僕はチョコレート細工を設置していた。
ふと違うブースに目をやると、背の高い外国人が1人でチョコレートのデモンストレーションの準備をしていた。
その人が後の師匠となる、ベルギー人のピット・ファベールさんだ。
海外のシェフの仕事なんてほとんど目にしたことのない、海外にも行ったことのない、1人の平凡なカントリーボーイだったが、その時は気づいたらそのシェフに話しかけていた。
習っていたフランス語を生かせるチャンスだ!
「これは何?」「すごいね!」
簡単なフランス語だけで話しかけたが、帰ってきた返事は全部英語だった。(全然通じてない…)
今から思えば特別すごいことでもないんだけど、シェフの動きや使っている道具、溶けている艶々のチョコレートがめちゃくちゃ眩しく見えた。
ブースの横に設置されたモニター画面にはゲント市の街並みや、パティスリーのショーケースに並べられたピカピカのチョコレートケーキなどが映されていた。
「かっこいい!!」「すごい!!」
先輩たちに搬入は任せて(押し付けて⁉︎)僕は夢中でピットさんの仕事を眺めていた。
こいつ面白いな、もしくは面倒臭えなと思ったのかは分からないが、ピットさんは僕をブースの裏へと連れて行き、フランス語で書かれたチョコレートの本を見せながら、「これはこうやって作るんだ。」「こんな技術はまだ日本人は知らないだろう。」と、大きな身振り手振りで丁寧に教えてくれた。
「絶対に忘れないぞ!」
もう目に焼き付けるようにして話を聞いた。
その後のことはどうやって帰ったのか、戻って仕事をしたのか、興奮していて全く覚えていない。(先輩の方々、すみません…)
そのチョコレートフェアはデパートの最上階で盛大に行われていて、僕たちのケーキやチョコレートもたくさん売れて忙しかった。
最終日にやっと休みが取れて僕は会場に足を運んだ。
ピットさんのデモンストレーションが見たい。
会場に着くと、ピットさんのブースの前にはものすごい数のお客さんが溢れていた。(全然見えないじゃないか〜。どうしよう…。)
背の高いピットさんは、人だかりの一番後ろでもぞもぞしていた僕をすぐに見つけてウィンクしてくれた!
「前へ来い!」
お客さんたちが僕に「えっ⁉︎誰あの人?有名な人?」みたいな視線を向ける中、ピットさんのもとへ。
(すみません、ただのカントリーボーイです、はい。)
通訳の方を通して、
「今夜、懇親会があるので是非来てくれないか?」
と言ってもらえた。
行く行く! 絶対行くー‼︎
こんなチャンスはもうないかもしれない。
「ヨーロッパで働きたい。力を貸してほしい。」
家に帰って僕はピットさんに手紙を書いた。フランス語の辞書で調べながら、あっているのか、通じるのかは分からないけれど。
その日の懇親会でピットさんの講演を聞いた後、手紙を渡した。
するとピットさんから
「君にプレゼントしたいものがある。」
とニコニコの顔で言われ、なんと搬入日に見せてくれたあのチョコレート本をプレゼントされたのだ。嬉しすぎて言葉にならない。(ちゃんとお礼言ったのか?)
なんて優しくて、かっこよくて、人間味のある人なんだ!
絶対にこの人と働きたい! 学びたい!
そう決心してピットさんからの返事を待つことにした。
次回へ続く。
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