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毛糸玉。
コトン。
テーブルに麦茶の入ったグラスを置くなり、ソファーに深く座って膝を立てて、かぎ編みで水色の毛糸を編んでいる。
テレビで金曜ロードショーの「パイレーツ・オブ・カリビアン」がついていて、たしかそれは、彼女の好きだと言った映画だ。
それでも彼女は、かぎ編みをやめなくて、私はだまって、荒れ狂う海と海賊を観ていた。
しばらく。
会いに来たんだけど、な。
「何編んでるの?」
「こどもの。」
そっか。
どうやら彼女は、機嫌が悪いらしい。
コトンと置いたグラスの音、あれは少し大きかったし。パイレーツ・オブ・カリビアンだって、観ていない。
「怒ってるの?」
「怒ってはないけど。」
そっか。
「柊は私と、どうして会いたいの?」
「好きだから会いたい。」
決まってる。
質問の意味がわからない。
「ねぇ柊、会ったらその…しないとダメ?
私ね、やっぱり…」
「好きだから触れたい。
それだけだよ」
「私も好きだよ。でも。
やっぱりダメじゃない
ダメでしょう?」
そっか…。
「柊のこと、好きだけど。
私、やっぱり…。
でも、どうしても
柊がしたいならいいよ」
何度も立ち止まろうとして、
今度も踏みとどまろうとしてる彼女。
抱き寄せて、キスをしても、もう。
そっか。
「だって、一緒にはなれないでしょう?
ずっとこのままだよ?私たち」
そっか。
わかっていた。頭ではちゃんと。
そんなこと、何度も考えたのに。
「でもそばにいたい。」
「私もだよ。」
夜に放り出されて、編みかけの水色の毛糸玉が転がる。どこまで行っても、毛糸玉は転がって、毛糸はどんどん長く、絡まっていく。
「泣かないで」
そっか。
そうだよね。
どこにも行けない。
毛糸玉は転がっていくだけ。
あのさ。
映画のエンドロールが流れていく。
「ジョニーデップとさ、
私、誕生日一緒なんだよ」
「うん、知ってる。
だから好きなのかも。」
糸を引いても
コロコロと転がっていってしまう
どこにも辿りつかないまま
やがて。