小説的怪物。19世紀にコンピュータがあったなら《サイバーパンクSF徹底解剖》
作品解説
想像してみよう。あらゆるものが蒸気仕掛け、実現しなかった歴史のif。
サイバーパンクの両雄が共謀して立ち上げる、サイバーパンクの方法論で描かれるスチームパンク。
ぶっちゃけ詳しい作品の解説は伊藤計劃氏のブログに素晴らしいやつがあって、何も付け足すことがない。せめてリンクを貼っとく!飛ぶのだ!
・伊藤計劃:第弍位相 スチームじゃない
・SPOOKTALE:STERLINGRAD
割と長めで詳しく雑なあらすじ
この小説、ストーリーに工夫があるわけではなく、あらすじ……というかプロットを書き起こしてみることに意味があるのかどうか……。
ディティール満載の小説なのですが、ダイジェストでお送りします。
興味が出た方はぜひ本編を。
第一の反復 ゴーリアドの天使
一八五五年、ヴィクトリア朝ロンドン。
イングランドの数学者にして機械技師、チャールズ・バベッジによって
蒸気によって駆動する計算機、『差分機関』が完成された世界。
機械打ち壊しの扇動者、革命家であった父を持つシビル・ジェラードは
姓をベネットと偽り、高級娼婦に身を落としていた。
そこへ彼女の正体を知るミック・ラドリーがシビルをパリに誘う。
ラドリーはクラッカー(蒸気カードを偽造したりするハッカー?みたいなもんらしいです)をしていて
今はサム・ヒューストン将軍といろいろ講演に回っていて、
シビルにも軽い仕事を頼みたいというのだ。
ロンドンでは機関に個人情報のようなものが登録されており、革命家の娘であることがどこへでもついてまわる。しかしパリならシビルの過去を知るものはいない。
シビルはミックを信じ仕事を引き受けることに。
フランスにはロンドンより優れた計算機、『大ナポレオン計算機』があり、ミックはナポレオンでしか扱えない、樟脳処理セルロースなるものを所持していた。
これがどうやら、機関の女王エイダ・バイロンや、チャールズ・バベッジ卿(二人とも階差機関の開発に貢献した大人物)が興味を示すほどのもので、大変な価値があるらしいと。
将軍と一緒に持って回ったんじゃ危険なんで、パリに送って預けておくことに。
ミックはヒューストン将軍の講演を企画し、シビルにも協力させる。
シビルは将軍の演説の途中でサクラとして割り込み、舞台を盛り上げる役をやらされた…(って感じか?)
ヒューストン将軍はテキサス独立戦争で軍を指揮し、メキシコ軍と戦い独立を勝ち取った。その勝利には多大な犠牲があり、アラモやゴーリアドでは虐殺まであった。
その講演のときにミックは蒸気カードを将軍に盗まれたようで、シビルに将軍の部屋に行って取り返すよう命じる。
シビルは部屋に忍び込むものの、テキサス人の男に見つかる。
その男はヒューストン将軍の暗殺を企てる刺客、復讐にやってきたゴーリアドの天使だった。
ヒューストン将軍はメキシコ軍と戦うための金を持ち逃げし、私服を肥やしていたのだ。
男はミックを刺殺し、酔って部屋に入ってきたヒューストン将軍を銃で殺し逃げ去る。
そしてシビルはヒューストン将軍が杖に隠していたダイヤモンドとミックの残した切符を持って単身でパリへ渡るのだった。
第二の反復 ダービイ競馬日
古生物学者(恐竜学者)のエドワード・マロリーは蒸気車レースに出場する蒸気車を手がけている弟のトムを訪ねにロンドンへやってきた。
レースに出る蒸気車は『線流形』と呼ばれる、機関のシュミレートにより導き出された独特のフォルムをしている、ゼファーという名の車。
ゼファーはオッズ十対一の超大穴。しかしトムの工房の師匠、ゴドウィンは自身の勝利を確信しているようだった。
マロリーは金がないゴドウィンの代わりに十ポンド賭けてくれと頼まれる。
勝てば山分けにしようと。
しかしマロリーは配当金の多さに目が眩み、ゴドウィンの十ポンドに加え自身の研究費の大半をゼファーに突っ込む。
多額の賭け紙を手にレース場を出たマロリーは、淑女が馬車の中で娼婦のような女に殴られている場面を目撃する。
すぐさま助けに入ったマロリーだが、その淑女から謎の木の箱を押し付けられる。
馬車の御者が箱を返せと、マロリーをナイフで切りつけるが、反撃し淑女を馬車から救い出す。
救い出した彼女こそ機関の女王、エイダ・バイロン。
エイダはマロリーのことなどほっといてすっちゃかレース場の王族席に行ってしまい、マロリーは謎の木箱を持たされたまま置き去りにされる。
王族席から離れた席に腰を落ち着けたマロリーはそっと木箱の中を盗み見る。
中にはフランス規格の機関用パンチ=カード(第一の反復に出てきた樟脳処理セルロース)が入っていた。
観衆の中ついにレースが始まる。出遅れるゼファーに絶望するマロリーだったが、後半に信じられない速度でゼファーが加速し圧倒的な勝利を収める。
マロリーは四百ポンドの大金持ちになったのだ。
第三の反復 裏取引屋
古生物学宮殿、マロリーのオフィスにローレンス・オリファントと名乗るジャーナリストが訪ねてくる。
オリファントはマロリーに警告を発しにきた。
マロリーのライバルである恐竜学者、ラドウィクが何者かに謀殺される。それは王立協会の自由貿易委員会が裏で糸を引いたもので、マロリーにもその魔手が迫っているというのだ。
そしてその刺客は、以前レース場でナイフを抜いた男と同一人物であった。マロリーはラドウィクからその男の身元を突き止めることを依頼される。
マロリーは中央統計局のデータベースを使い、犯人の身元を割り出そうとする。
しかしヒットは無し。外国人という可能性も無し。
ありうるとすれば、データそのものが消去された可能性。
しかし、同時に居合わせた女のほうはフローレンス・ラッセル・バートレットということが判明した。
ロンドンの地下鉄は異様な臭気で満たされていた。
マロリーは妹から婚約を手紙で知らされ、贈り物として時計を買って街を歩いていた。しかしそこへ謎の男が尾行していることに気が付く。(おそらくマロリーの時計の箱をエイダ・バイロンから押し付けられた樟脳処理セルロースと勘違いしている模様)
マロリーはいったん荷物を隠し、男の不意をついて鳩尾に一発食らわせる。しかし、背後から別の男に殴り倒されてしまう。
よろめきながら近くにジャーナリスト、オリファントの家があることに思い当たり救助を求めて転がり込む。マロリーを襲った男たちは消え、時計は無事なまま回収できた。
オリファントは危機感を強くし、マロリーに護衛をつけることを強く進言する。
オフィスに戻ったマロリーは奇妙な小包に目を奪われる。
中には未使用の樟脳処理セルロースとエイダ・バイロンの持ち物を返せ、さもなくば貴殿を破滅させる。という脅迫文があった。
マロリーはラドウィクの差金で遣わされた護衛、エベニーザー・フレイザーからある写真を渡される。
かつてライバルであった学者、ラドウィクの惨殺写真である。
この写真がマロリーの実家から大量送付されているらしく、明らかにマロリーを陥れようとする陰謀である。
マロリーはディズレイリに会いにいく道すがら、地下鉄のストライキに出くわす。異臭が立ち込め、ロンドンを覆わんとしている。
マロリーはエイダ・バイロンを助けた時に襲われた男について、『キャプテン・スウィング』という名を耳に挟んでいたことをフレイザーに告げると、目の色を変える。
キャプテン・スウィングとはネッド・ラッドなる人物が組織する陰謀団で、かつては機械打ちこわしや、金持ちの貴族を殺して回ったような連中だという。
これほどの事態を引き起こす、エイダ・バイロンからの箱の中身、蒸気カードの内容とは一体なんなのか。フレイザーは『モーダス』という名を明かす。
モーダスとは、いわばギャンブル必勝法が記された数学的アルゴリズムのようなもの?で、空気から黄金を生み出せるような代物だという。
ディズレイリの邸宅を訪れ、雑談して帰るマロリー。
フレイザーが二人の男を連れてくる。
先ほど尾行していた男たちだ。
彼らは、辞職した首都警察と闇取引屋で、マロリー自身が所属する王立協会の差金で動いているという。
マロリーは彼らを逆に雇って、依頼主をつけさせる。
そしてもう一人の犯人、馬車の中でエイダ・バイロンを打ちのめした
バートレット夫人の居場所も突き止めさせる。
マロリーが自宅に帰ると、部屋が何者かに放火されていた。
ロンドンは大悪臭と呼ばれる公害に侵され、金持ちの大半は逃げ去ってしまった
子供たちが、店のショーウィンドーを叩き割って商品を強奪する。
水は配給制へ、煙突とガス燈も閉鎖。
人々はカオスと化す世界に飲み込まれつつあった。
《上巻 終わり》
これがサイバーパンク?
全然サイバーじゃないじゃん。
いやいや、前の記事でも書いてみたのですが↓
サイバーパンクをサイバーパンクたらしめているのは、表面的な設定ではなく、思想なのです。
ブルース・スターリングはサイバーパンク運動の最初期、自らのグループの新しいSFについてこう定義する。
この定義をディファレンス・エンジンにも当てはめてみよう。
①真の現代科学への関心という点では、ディファレンス・エンジンが扱う中核的なモチーフとして情報科学があり、十九世紀の情報化されたロンドンが描き出される。決して蒸気機関という古いテクノロジーが主役ではない。
②外挿法を軸にした想像力の再評価とは、まず外挿法について説明せねばなるまい。
外挿法とはSF小説の文脈において、大雑把にいうと今ある世界に何か未知のテクノロジーなどがもたらされたらどうなるか? をシュミレートする技法とでも言おうか。
チャールズ・バベッジによる差分機関が実際に実現していたらどうなるか。そこから思考を広げ、異世界を描き出す。これも十分に当てはまっている。
③については、うまく説明できる技量と知識がなく…。すんません、また次回に研究します。JG・バラードとかが鍵になると思う……。
④全地球的で二十一世紀的な視点設定
もはやグローバルという言葉が死語と化してきたような雰囲気のある昨今。
これについても語るのは難しい。おそらくトマス・ピンチョンなどの影響からきている部分だろうとは思う。未読。
⑤ニューウェーブの革新さえ今や当然のものとみなしうる小説技法の洗練
SFにおけるニューウェーブとは、1960年代くらいから始まるテクノロジー一辺倒なハードS Fに対して、内宇宙と呼ばれる人間の内側を探索しようと試みる運動。だと理解しています。乱暴かもしれないがSF +現代文学の融合じゃないの?と思っている。
この小説にどれだけのニューウェイブ成分が含まれているかは、今のところ分かりません、すんません。
これからJG・バラードやサミュエル・R・ディレイニーとかも取り上げて書いてみたいと思うのです。その時改めてこの部分を更新します……。
グダってしまったが前半戦はこんなとこだ。
後半部分はいずれ更新します。よろしくお願いします…!
後半です↓ 10/14