ハロー、グッドバイ。グレッグ・ベア『鏖戦/凍月』感想
昨年亡くなったグレッグ・ベアの追悼として出版されたノヴェラ二篇。
私は『ブラッド・ミュージック』も読んでおらず、今回初めてグレッグ・ベア作品を読みました。
鏖戦
はるか未来の進化した人類と異星人施禰倶支との100頁の宇宙戦争。
1983年のネビュラ賞に輝いた中編。
翻訳の力が凄まじく、漢字を当てた訳語がとにかくかっこいい。
それはとにかく、視覚的に表現されたサイバーパンクでもある。
漢字が多用されることで、圧縮された情報の氾濫というサイバーパンク的モチーフを見た目で感じられるようにしている。
もちろん原作は英語なので、作者の意図でこうなっているわけではないが、サイバーパンク小説は(『ニューロマンサー』なんかも)原文の英語で読むより、日本語で読むのがもっとも作品の世界を堪能できるのではないかということを考えたりしました。
漢字にルビが振られ、情報が2倍になってるし。
一応言うと、グレッグ・ベアは1980年代当時、ブルース・スターリングやウィリアム・ギブスンらのサイバーパンク陣営にいました。ですが85年、北米SF大会での史上初のサイバーパンクのパネル発表で、
と仲間に言い放ち、キレられるという、当の運動からは若干距離があった人物だと思われます。年長者だし。
サイバーパンクについては拙文ですが別記事で書いていますので、どぞ。
『鏖戦』は飛浩隆の『零號琴』なんかの造語を思わせます。
漫画だと弐瓶勉の『ABARA』がパッと思い浮かんだ。
もっともカッコいいSFワードは漢字である。
凍月
あらすじ
二十二世紀の近未来。
月のコロニーはいくつもの結束集団によって統治されていた。
月のいちBM、サンドヴァル家の天才研究者ウィリアムと、そのパートナー、ロウ。ロウの弟であるミッコの3人が主要メンバーとなり、前人未到の絶対零度の達成を成し遂げようとしていた。
絶対零度の達成には複雑な演算を必要とし、それは人の手ではもちろん、いかなるコンピュータを用いても不可能であった。
そこでウィリアムは地球から中古の量子思考体を買い取り、プロジェクトに流用する。
そして研究が軌道に乗りつつある傍らでは、ロウがあるものを月に持ち込もうとしていた。
凍結された人間の脳。
何十年という時間眠り続けている、420の生きた人間の脳。
それが月に持ち込まれようとしていた。
しかしそのことが、月にも勢力を伸ばす宗教団体、ロゴロジー協会の存在を覆す引き金になることを、彼らはまだ知らない……。
感想
こちらは1990年発表の、月を舞台にしたハードSF。
伝統的なスタイルのSFですが、量子コンピュータという当時最先端のテクノロジーが使われるのが特色といえば特色。
作者の言曰く、量子コンピュータの可能性を示唆した最初の作例だそう。
こちらの中編には作者の個人的な思いが反映されていて、実は期待していた『鏖戦』より面白かったかもしれない。
作中に出現するロゴロジー教会にはサイエントロジー教会というモデルがあり、米SFの大物編集者であるジョン・w・キャンベルもサイエントロジー教会の信奉するダイアネティクスなる疑似科学に傾倒した歴史がある。
実質それがハードSFの失権となり、ニューウェーブSFが新たに政権を握っていくことになる。
SF作家にとっても無視できない思い出だったのだろうか。
結末は悲しく、疑似科学など言語道断であるのは確かだが、他人の信じる世界を粉微塵に破壊してしまうことの、やるせない落胆がずっしりのしかかり、考えさせられる。
現在グレッグ・ベアの作品はこれと『ブラッドミュージック』のみしか書店になく、そのほかの小説は絶版である。ハヤカワ文庫にはありがちだが。
電子書籍では主要な作品がほぼ復活してるけど。
でも物理書籍派だからな俺は。
とかいいつつ、ギブスンの『カウント・ゼロ』と『モナリザ・オーヴァドライブ』買っちゃったんだけど。
巽孝之氏編の『現代作家ガイドウィリアム・ギブスン』も注文したし、ギブスンについて書こうかなー。
近所のBOOKOFFで『重力が衰えるとき』と『虎よ!虎よ!』も(100円で)仕入れたので、いつかそれも読んで感想を書く。どっちも未読。
それじゃまた。よき出発を。
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