![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/167271044/rectangle_large_type_2_02860c8c27c4faa7f6ac5200c7313f69.jpeg?width=1200)
ブラッドベリ『火星年代記』を読む
うわー! 年末の積読一掃セール!
今年の本を来年に持ち越さず。
毎年守れないなこれ。
とはいえ、すでに読み終わった本ばかりが並ぶ本棚は、墓場に似ている。
読まれるのを待っている、未知の本が並ぶ本棚こそが、生きた本棚である。
今週、ぼくは火星にいた。
レイ・ブラッドベリが1950年に描いた火星に。
作中では2030年の未来から始まり、ロケットが地球を飛び出して、最初の地球人が火星を訪れる。
ファーストコンタクトもののSFか! というのが最初の印象。
ジャンルのお約束として、最初の接触はたいていうまくいかない。
火星人はテレパシーを操る種族で、地球人の探検隊に幻覚を見せて罠にかけたり、あげくは精神病者あつかいして、銃で撃ち殺したりする。
しかしその火星人も、地球から持ち込まれた病原菌であっけなく絶滅する。水疱瘡で死ぬ。
そうして次々と地球から植民者が押し寄せてきて、火星が開拓されていく。
タイトルの通り、年代記という形式でショートストーリーが時系列に並び、火星にやってきた地球人の植民者が、土地を切り拓き、移り住み、やがていなくなるまでをしっとりと描いていく。
火星にやってきた人たちはみな、地球での生活に疲れ、戦争を逃れ、ここではないどこかを目指してやってきた人たちだ。現実逃避者の群れだった。
そのなかの一人に、地球でおとぎ話やファンタジー、ホラー小説、マンガなどが焚書にされ始め(『華氏451度』も焚書がモチーフですね)、その弾圧から逃れてきた芸術家がいて、彼が全財産を投げ打って火星に『アッシャー家の崩壊』に出てくるアッシャー邸を完全再現しようとする話がある。
「そうあの時のひとりなんだよ。かれも、ラブクラフトも、ホーソーンも、アンブローズ・ピアスも、あらゆる恐怖と幻想の物語はみな、だから当然、未来の物語というのもみんな、焼かれたんだ。無情にも、ね。かれらは、法律を通した。ああ、最初は、小さなことから始まった。一九九九年には、一粒の小さな砂に過ぎなかった。かれらは、まず、漫画の本の統制から始めた、それから探偵小説の統制、もちろん映画におよんだ、いろんなやりかたで、つぎつぎとね、政治的偏見もあり、組合の圧力というのもあった。つねに何かを恐れている少数者がいたし、暗黒を、未来を、過去を、現在を、じぶんじしんを、じぶんじしんの影を恐れている大多数の者がいたんだ」
「なるほど」
「“政治”ということばを恐れたんだ(このことばは、結局、いっそう反動的な連中のあいだでは共産主義と同じ意味になったっていうことだから、この言葉をつかうと命がなかったんだよ!)。で、ここでネジを締め、あそこで釘をさし、押すやら、引くやら、ねじるやら、文学も美術も、ひねったり結んだり引き伸ばしたりしたでかいタフィーみたいになり、いつか弾力も香気もなくなってしまった。それから、映画はぶったぎられるし、劇場は暗くなる。で、ものすごいナイアガラ瀑布みたいな出版物が、毒にも薬にもならぬ“純粋な”材料だけの滴りになって、とぎれとぎれに流れる始末。ああ、“逃避”ということばも、過激だってことになったんだよ!」
「ほんとですか」
「ほんとだとも! 誰でも現実に直面しなきゃいかん、とかれらは言った。
まず、幻覚を見せたり、好きな姿に変身したりする火星人の存在からして、変幻自在のイマジネーションそのもののメタファーのようだ。彼らが火星から追いやられて消えていってしまうというのだから、いっそう切実な話だ。
『火星年代記』はハードSFではなく、抒情的で詩的なファンタジーともいえる小説で、幽霊だって出てくる。
そうしたロマンチックな存在たちの居場所は、空想の世界だけだ。
火星とは夢の島だった。
そう思うと、この小説はたちまち、空想を愛する作者による、空想の讃歌なのだと気がつくことになる。祝福あれ。
とはいうものの、この小説は明るいムードに満ちているわけではない。
火星にやってくる人たちはみな、なにかを失くしている。
小説のトーンを決定づけるのは喪失感で、死んだはずの愛する人を目撃したり、火星の文化が地球人の手によって破壊され、火星が地球そっくりの星になってしまうことに思いを馳せたり、さまざまな喪失があるのだ。
故郷の星に置いてきたはずのものに、奇しくも出会ってしまう。
失う話、あるいは失っている人の話ばかりだけど、そうしたものをユーモアを交えながら見つめていく作者の感性というのに、すっかりやられた。
読み終わったあとは、年の瀬にふさわしいような、いい本を読んだな。という満足と幸福が、しみじみと湧きあがってきた。
本当にいい本としかいえない。