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ひたすらに面白いが凝縮された映画『犬ヶ島』。
今年も東京国際映画祭が幕開けた。
「明日も仕事なのに‥‥!」「映画なんて観てる場合じゃないのに‥‥!」と思いつつ、やはり毎年この季節は、オフィスからその足で日比谷に向かうのがやめられない。とても楽しい10日間である。
そんな東京国際映画祭だが、今年のラインナップは例年よりもややシリアスで、社会派な作品が取り揃えられた印象。
特に毎年いちばんの盛り上がりを見せるコンペティション部門は、なかなか攻めた題材の作品が多く、「映画祭」という舞台を通じて何を訴えかけようとしているのか…と、そんな余計な詮索をしたくなってしまうほどなのだが。
一方、映画の持つ娯楽性・エンタメ性にどーんっと心動かされるタイプのわたしは、今やディズニー傘下となった「サーチライト・ピクチャーズ」の、設立30周年をお祝いするために企画されたリバイバル上映に心ウキウキ。
中でも大好きなウェスアンダーソン作品のリバイバルは、なんとしても劇場の大きなスクリーンで観たい…!ということで、木曜夜の21時過ぎ、翌日の仕事のことは一旦考えるのやめ、どっぷりとその世界に浸かってきた。
そうそれが、ただひたすらに面白いが凝縮された映画『犬ヶ島』である。
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「グランド・ブダペスト・ホテル」のウェス・アンダーソン監督が日本を舞台に、「犬インフルエンザ」の蔓延によって離島に隔離された愛犬を探す少年と犬たちが繰り広げる冒険を描いたストップモーションアニメ。
近未来の日本。メガ崎市で犬インフルエンザが大流行し、犬たちはゴミ処理場の島「犬ヶ島」に隔離されることに。12歳の少年・小林アタリは愛犬スポッツを捜し出すため、たった1人で小型機を盗んで犬ヶ島へと向かう。
声優陣にはビル・マーレイ、エドワード・ノートンらアンダーソン監督作品の常連俳優のほか、スカーレット・ヨハンソン、グレタ・ガーウィグ、オノ・ヨーコら多彩な豪華メンバーが集結。日本からも、「RADWIMPS」の野田洋次郎や夏木マリらが参加。第68回ベルリン国際映画祭のオープニング作品として上映され、コンペティション部門で監督賞(銀熊賞)を受賞した。
本作に関しては、公開当時映画館に足を運ぶことができず、自宅の小さな画面で鑑賞したことしかなかったので、今回のリバイバルは(割とがちで)泣くほど嬉しかった。
そして改めて、なんだこの面白い映画は‥‥!なんだこの面白いだけの映画は‥‥!と、その圧倒的な世界観と、脚本と、変態的な映像表現に大感動したので、まったくの今さらではあるが、映画『犬ヶ島』の感想、およびウェスアンダーソン愛を書き記しておこうと思う。
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別に"日本版"ではありません。
これがオリジナルです。
***
日本人よりも日本人を理解しすぎているウェスアンダーソン。
初見の方にしてみれば、まず先のポスタービジュアルから「はて?これは…?」という疑問符が付きまくっていることだろう。
そのタイトルからも"普通じゃない感"が伝わっていると嬉しいが、何を隠そう本作『犬ヶ島』は日本が舞台の作品なのである。
そして制作の背景には、監督ウェスアンダーソンによる、黒澤明をはじめ日本映画への世界最高級の特大リスペクトがあるということを、まずはここで明記しておこう。
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ウェスアンダーソンといえば、映画『グランド・ブダペスト・ホテル』で、その名が世界に知られ、以降「次回作が最も期待される映画監督」なんて形容のされ方で活躍する売れっ子映画監督だ。
しかし1本でも彼の作品を観れば分かる通り、その作品作りには他の追随を許さない「彼だけの世界」、ウェスアンダーソンワールドがさく裂しすぎており、「大衆受け」「万人受け」を狙っている様子は恐ろしいほど感じられない。
それでも、彼の作品に魅了され続けるファンが後を絶たない理由は、その作品1つ1つに掛ける、彼の凄まじい熱量にあると、わたしは思っている。
その意味で、本作『犬ヶ島』は、忖度なしにただただすごい。
そして我々日本人は全員歓喜して観るべき作品ではないかと思う。
というのも、この作品で描かれる「日本」ないし「日本人」の姿は、あまりに「にほん」であり「ニッポン」過ぎるのだ。
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近未来の日本円の価値どうなってるんだろう。
これはおそらく全日本人が共感できることと思うが、俗にハリウッド出身の映画監督が描く日本って、まぁ〜……ね? という気持ちになることが多いだろう。
何がとは言わないが「東京」が「TOKYO」だったり、「有難うございます」が「サンキュー, アリガ〜トウ!」だったり、「ゴジラ」を「核爆弾」でやっつけちゃったり、なんていう「日本」だ。
しかし、『犬ヶ島』で描かれる「日本」の姿は、我々日本人が感覚的、また本能的に分かる表現で、映像全体が敷き詰められ過ぎている。
それどころか、日本的な「間合い」「笑い」「感傷」「慣わし」、そういったものが、作品全体を先導しているとさえ思えるのだ。
『犬ヶ島』を初めて鑑賞したときは、ストップモーションというその映像表現の凄さに感動するばかり(もちろんこの技術もえげつない。)だったが、改めて本作をじっくりと鑑賞したいま、特別にウェスアンダーソンの感性とリスペクトの表現方法の偉大さに、正直恐れおののいた。
特に劇中で見られる各キャラクターの「黙ってしまうシーン」「怒りが抑えられないシーン」「これだけはできないを表現するシーン」に関しては、もう日本人の感覚そのものだ。
聞けば本作の制作には丸4年の歳月が掛かっているという。
その4年間、ウェスアンダーソンが「日本」舞台の作品に心血を注いでくれた、その事実だけでも大変に喜ばしいことであるが、映画の始まりから、エンドロールが終わる最後の1秒まで、一切の不信感を感じない、アメリカ制作の日本映画が『犬ヶ島』で良かったなと、わたしは思う。
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***
ウェスアンダーソン史上最も"映画的な映画"。
と、そんな日本万歳ウェス神輿わっしょい(?)の話はいいから、映画の中身をはよ!とお思いだろうか。
如何せん、ウェスアンダーソンの作品は、彼独自の"色んなものに対する興味"が強すぎるあまり、作品全体を通して"無駄なシーン"が実に多いことで有名だ。
わたしはそういう「監督の作家性」みたいなものを垣間見れるシーンこそ大好物なので、本筋から脱線するような遊び心があればあるほど「いいぞ!もっとやれ!」と思ってしまうのだが、一般的にそれは映画としてあまり評価されるべきものではない。
その点『犬ヶ島』は、ウェスアンダーソン作品の中においてピカイチ!と言ってもいいほど、ちゃんと映画的な映画に仕上がっているのである。
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作品の中身は全4部構成。
プロローグとなる第0部で、本作の世界観が観客に伝えられると、その後は‥‥
第1部:リトルパイロット
第2部:スポッツを探せ
第3部:ランデヴュー
第4部:アタリのランタン
といった具合に駒が進められ、分かりやすい「起承転結」が用意されているのだ。
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庵野秀明リスペクトとも言ってたけど、まじでエヴァンゲリオン。笑
そしてまたこのストーリーの進められ方、山場の作り方や、時折挟まれるコメディシーンの緩急については、往年の黒澤作品かと見間違うほど、その愛とエッセンスがドバドバ注ぎ込まれていることに、映画ファンならすかさず気付くことだろう。
ベタだけど、あ~!わくわくする~!という物語展開。
ベタだけど、あ~!お前ずるいな~!という感動展開。
こういう楽しい映画が観たかったんだよ!というその満足度は、ウェスアンダーソン作品の中でも随一である。
特にこれは、今回映画祭上映後のトークショーで、本作の日本版セールスを担当されているウォルトディズニージャパンの広報の方も仰っていたことだが、物語の後半戦、最後の見せ場となる盛り上がり方は、もはや日本昔話的な演出となっている。
つまりは弱き者たちの大団円だったり、父と子の愛情と確執だったり、義理と人情で迫られる選択だったり、と。
そうそう!劇物語ってこうじゃなきゃ!と思うこと間違いなしの畳みかけは、それまでのウェスらしさを良い意味で裏切るようなドタバタ感があって、実に面白い。
台詞は英語と日本語のごちゃ混ぜであることや、一瞬たりとも止まる瞬間がない驚異的なストップモーション撮影など、かなりの実験的要素を含んだ作品でありながら、その脚本やストーリーテリングについては、コテコテの古典映画を観ているかのような安心がある本作。
やはりそのバランスの取り方は天才的と表現するほかないだろう。
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ネタバレになるので言えません♡
***
そして定期的なウェス摂取は良きリフレッシュ。
本章タイトルの出落ち感がすごいが、決しておふざけではない。
そう、今回久しぶりにウェスアンダーソン作品を映画館で観ることができて、やっぱりわたしは定期的にこの監督の作品を観ることで覚える、"心洗われる感覚"が大好きだなぁと思ったのだ。
これは完全にわたし個人のプライベートな話であるが、本作を鑑賞するちょっと前に、陶芸家のSHOWKO(ショウコ)さんという方が執筆した「感性のある人が習慣にしていること」という本を読んでいた。
(とても良かった)
この本では、「感性」は才能やセンスではなく「習慣」である、という考えのもと、日々の暮らしの中で習慣にすべきことを具体的に書き記してくれていて、「人生とは感性を磨くための旅である」という教えが表現されている。
これを受けて、わたしの中でぼんやりと浮かんでいたのが「ウェスアンダーソン」という映画監督その人だった、という話なのだ。
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わたしがウェスアンダーソン作品を愛する理由のひとつに、彼の「感性」、もっと具体的にいえば、彼の「視野の広さ」や「ものの見方の豊かさ」を見せつけられるという気持ち良さが挙げられる。
特に『犬ヶ島』ではその凄みを浴びるように感じられるのだが、一度本編を見てもらえれば分かる通り、一瞬の瞬きも許されないほどに画面上の情報量が膨大だ。
しかしそれは、必ずしもすべてを追う必要があるものというわけではなく、ほとんどが無意味なもの。
だが、そのひとつひとつが、『犬ヶ島』という作品世界を創り上げる大切な要素であることは間違いなく、その「目の付け所」に感化されて、わたしなんかはまったく自分のアンテナが研ぎ澄まされる感覚を覚えるというわけなのである。
もちろんそれは、ウェスアンダーソン映画だけでなく、様々な音楽や絵画、ありとあらゆる文化、芸術に触れることで養われるものであるが、彼の作品には特筆して「彼らしさ」が詰まりまくっている。
ただ綺麗とか、ただお洒落なのではなく、誰がどう見ても「これはウェスアンダーソンの作品です」というのが、百発百中で分かる強さが秘められているのだ。
それはつまるところ、「映画」という漠然とした舞台、もっといえば「人生」という際限ないステージにおいて、ひとつの答えを導き出していることともいえるわけで、たった2時間ほどでも、そんな憧れの一部になれることが、なんとも贅沢なリフレッシュになるというわけなのである。
そこまで大逸れたことを言わずとも、彼の作品は基本的に「丁寧」で「綺麗」なのが良い。お決まりのバイオレンスシーンやブラックジョークはあれど、表現される舞台や衣装や台詞は、おとぎ話のような可愛らしさがあり、キャラクターの性格は、みな不器用だが愛情豊か。「ラブ」の要素が必ずどこかに織り込まれ、それがいちばんの原動力になるところもまったく憎めない。
作品を支えるサウンドトラックも毎度完璧で、映画を観終わったあとも、現実の日常を彩るBGMとしてわたしはよく聴いている。本作『犬ヶ島』においては、オープニングの和太鼓が最高だ。あの心臓にどんっと来る音は、どこか沈んだ気持ちを奮い立たせる効果がある。(※あくまで持論)
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堪らん~~。
とまぁ、ここまで語っておきながら、もちろん好き嫌いが分かれやすい映画監督ではあると思う。が、わたしは彼の新作、および彼の過去作が、こんな風に鑑賞できる時代を生きられて良かったなと思っている。
今回は大好きな映画祭で、大好きな監督の作品を鑑賞できるという機会に恵まれ、すっかり大満足の気持ち。
記事冒頭、仕事が云々、映画観てる場合じゃないのに云々といったが、またしばらくはウェスアンダーソンらしい規律のある言動を心掛けながら、やるべきことをちゃっちゃとやってこようと思う。
前向きになれる映画って、本当に素敵。
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