今世と天界を繋ぐ「鏡視」の世界。「銅鏡」は神界に祈りを捧げる神聖な祭祀の道具だった。
「目に見えない世界を信じなさい」
というメッセージを
相島卒業後に
初めて会う方から、
次々と
言われる様になりました。
これから、
目から、耳から、
情報が入りますよ。
次のミッションは
天界だった。
なんて事?!
幸運の石との出会いで、
新たな学びを
掘り下げる事となってしまった。
大病された
お笑い芸人さんが
幸運の石を見て、
「すごい、すごい。
見える、見える。」
と発せられたメッセージは
単純なものではなかった。
魂は
この世界の肉体を
離れたとしても
輪廻転生を繰り返する。
医学の世界から、
精神科のワイス博士が
患者本人が
輪廻転生を語り始めた事を
勇気をもって提唱してくれた。
概念を見直す時にきている。
魂は
肉体を卒業しただけで、
この世界を知ると
旅立った魂と
繋がりをもつことができるのだ。
天界との
繋がりをもつことができる道具が
「鏡」だった。
「鏡視」という方法は、
天界にいる魂と
直接コンタクトできて
会話もする事ができるという。
「鏡視」とは。
静かな環境にあり、
外部の光が入らない、
真っ暗やみの部屋を用意して
鏡を置いて、のぞくと、
突然、鏡の中に故人が現れる。
被験者は
自分が知らなかった情報や、
知ることのできない情報を
故人の意識体から教えられ、
後になって、
その情報の正確さを確認した人いた。
日本でも、
神社のご神体が鏡であったり
多くの神社に鏡が祀ってあります。
昔から、
なぜか鏡は、
神に通じる神聖なものであったり、
貴重なものとして扱われてきました。
もしかすると、
昔の人々は、
鏡(のようなもの)を
のぞき込んで瞑想することによって、
なぜか
「目に見えない存在」
とコミュニケーションを
行うことができる事実を、
経験的に知っていたのかもしれません。
だからこそ、
鏡が神聖なものとして奉られたのではないか、
という推測もできるのです。
このように考えると、
たとえば、『白雪姫』に出てくる悪い魔女が、
「鏡よ、教えておくれ」
と語りかけるシーンなど、
鏡を使って
「見えない存在」や「異次元の存在」と
会話する昔話や寓話を、
これまでとは
ちがった観点から
見つめ直すことができそうです。
私自身、
世界遺産に登録されている
神宿る島、
宗像、沖ノ島関連遺産群のある
宗像という土地に縁ができた。
沖ノ島では、
祭祀は巨岩の上で始まった。
日本には、
縄文時代から、
自然の変化に富んでいて
自然の脅威や
不思議さに神秘を感じて
自然崇拝 自然信仰
というものが存在していた。
人間が生きるための
木々、水を抱えている森にも
神秘を感じていた。
太陽、海、山、川などの自然の中にも
神を感じていました。
古代の人は
巨岩も向き合った時
神の存在を感じた。
汚してはいけないと。
沖ノ島には、
岩と岩の重なる隙間に
丁寧に奉納品が並べられていた。
祭祀の道具の中に、
「銅鏡」もあった。
ホームページより引用。
4世紀後半、
対外交流の活発化を背景に巨岩の上で
祭祀が始まりました。
岩と岩とが重なる狭いすき間に、
丁寧に奉献品が並べ置かれていました。
祭祀に用いられた品は、
銅鏡や鉄剣などの武具、
勾玉などの玉類を中心とし、
当時の古墳に副葬された品々と共通します。
また、鏡・剣・玉は、
日本神話の「三種の神器」といわれ、
後世まで長く祭祀で用いられる組み合わせです。
三角縁神獣鏡
(さんかくぶちしんじゅうきょう)
この世界は奥が深い。
しかも日本は奥が深い。
世界で一番
長い歴史を持っている国だから。
日本は神の国
古代から祭祀を行い、
神々に祈願していた世界観は、
私達が思う以上に神聖なものだった。
これから、
日本人は
スピリチュアル的なリーダー、
神人としての使命を
担っていく事となるという。
古代から伝わる
歴史、伝統を
知っておく事は
課せられた使命になっていくでしょう。
沖ノ島から発掘された財宝の模造作品
画像引用
飯田史彦 著書
[完全版]生きがいの創造より 引用
世界文化遺産「神宿る島」宗像・沖ノ島と関連遺産群を巡る旅