月を辿る百の物語
その日、ウサギとカメはふと気がつくと、百段階段を見上げていた。懐かしい空気が二人を包み込み、いつの間にか不思議な世界へと引き込まれていった。
「十畝の間」に足を踏み入れると、目の前に広がっていたのは、月岡芳年の浮世絵の世界。彼が描いた月は、時を超え、静かに二人にささやきかけてくるようだった。
「この『銀河月』って、織姫と彦星の話なのかしら?」ウサギは首をかしげながら、そっと浮世絵を見つめた。
「この絵は七夕伝説を描いているね。天の川に三日月が浮かんでいて、なんだか不思議な感じがする」カメは目を細めて答えた。
「これは紫式部よね? 月を見つめながら、物語を考えているように見えるわ」
「この作品が『石山月』と名付けられているのは、紫式部が滞在した石山寺が舞台だからだね。彼女は、きっとこんなふうに月を見上げながら、源氏物語の構想を練ったんだろうね」
「月岡芳年は、こんなふうに月をテーマにした浮世絵を百枚も描いたのね。物語だけでなく、妖怪や幽霊、有名な武将から絶世の美女まで幅広く描いたなんて、本当に見事だわ」
「この『月百姿(つきのひゃくし)』シリーズには、満月や三日月だけでなく、水面に映る月や、月明かりだけの作品もあって、月の表現にも工夫がされているよね」
「人は昔から月に心を奪われてきたけれど、きっと月岡芳年も、月を見上げながらさまざまな想いを膨らませたのでしょうね」
「そういえば、今って地球の周りに月が二つあるって聞いたんだけど、本当なの?」ウサギは不思議そうにカメに尋ねた。
「そうだね。でもそれはたった2ヶ月だけなんだ。2つ目の月はとても小さくて、肉眼では見えないらしい。一度だけ地球を回って、遠くへ飛び去ってしまうみたいだよ」
「月って不思議だよね。一番近い星なのに、まだたくさんの謎が隠されてる。いつか、自分の目で確かめに行ってみたいな」ウサギは月を見上げるように、そっとつぶやいた。
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