おうさまがかえってくる100びょうまえ!
夏の夕暮れ時、ウサギはベランダで風鈴の音を聞きながら、心の中でつぶやいた。
「この暑さを少しでも忘れられるような、心が躍るような本が読みたいわ」
彼女は部屋に戻ると、冷蔵庫から取り出したアールグレイをグラスに注ぎ、小さな氷をひとつ、そっと浮かべた。
窓際の椅子に腰を落ち着けると、一冊の本を引き寄せた。ウサギが選んだのは「おうさまがかえってくる100びょうまえ!」という絵本だった。
「王様って、ちょっとずるいわね。だって、こんなにたくさんのおもちゃを独り占めしているんだもの」ウサギはページをめくり始めると呟いた。
「だから王様がいない間に、家来たちが王様のお部屋で遊びたくなる気持ちがよく分かるの。私だったらもっと大騒ぎするかもね」
「でも、急に王様が帰ってきちゃうのよね。家来たちは大慌て。だって、王様のお部屋をこんなに散らかしてしまったんだもの」彼女はページをめくる手を止めて、王様の部屋をじっと見つめた。
「そして、ここからはハラハラドキドキよ。たった100秒で部屋を元通りにしなくちゃいけないんだから」彼女は家来たちが慌てて片付ける様子を、瞬きもせずに見守った。
「でもさ、どこに何があったかなんて覚えてるわけないよね。あっという間に100秒が過ぎちゃって、はい、ゲームオーバー」
その瞬間、王様が厳かに部屋に入ってきた。家来たちは慌てて最敬礼をする。部屋は、静まり返っていた。おもちゃたちは、元の場所に戻っているはずだった。
けれど、微かな違和感がウサギをとらえた。散らかった部屋と片付いた部屋。その二つの部屋を見比べると、浮かび上がるのは、目に見えない微妙なズレ。
「あれ?ここが違ってる。いや、むしろ結構違ってるわ」彼女は微笑みを浮かべながら、そっと本を閉じた。
夕暮れの風が、ベランダで揺れる南部鉄の風鈴をかすかに鳴らした。その音は、静かに一日の終わりを告げていた。
※おうさまがかえってくる100びょうまえ!
柏原 佳世子・作/えほんの杜
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