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おさらを あらわなかった おじさん

雨がしとしとと降り続いていた。ウサギは窓辺に腰を掛け、雨音にそっと耳を傾ける。灰色の雲は、降り続く雨にもかかわらず、一向に薄れる気配がない。彼女はぼんやりと外の景色を見つめながら、心の奥に潜む感情を静かに抱きしめていた。

彼女はふと何かを思い出したように、本棚に手を伸ばし、一冊の本を取り出した。「雨の日に読むのはこの本ね」その本の表紙には、目を閉じて椅子に座ったおじさんの姿が描かれていた。

物語の中では、お腹が空いたおじさんが沢山料理を作っていた。ところが、おじさんはお腹がいっぱいになるまで食べると疲れてしまい、お皿を流しに放っておいて、明日の晩に洗うことにした。

次の晩になると、さらにお腹が空いたおじさんは、倍の料理を作った。食べ終わる頃には前の晩よりも倍に疲れてしまい、お皿はまた流しの中に放っておかれた。

「そうよね、料理は楽しいけれど、その後の片付けがね」と、ウサギはおじさんの気持ちにそっと寄り添った。

それが何日も続いた。お皿は流しに入りきらなくなり、部屋のあちこちに積み上げられるようになった。そしてとうとう、家中が汚れたお皿で溢れ、おじさんはベッドさえ、どこにあるのか分からなくなった。

「私はここまでお皿をためないけど、こうなったらもう洗うことなんてできないわ。そして、ここで雨の出番なのよね」彼女は本から視線をあげて、窓の外の雨を見つめた。

「だけどね、私には無理だと思うの。おじさんみたいに全部のお皿をトラックに詰め込んで、そのまま雨の中を走り抜けるなんて。お皿はきれいになるかもしれないけれど、私にはその勇気がないわ」

彼女はそっと本を閉じ、お気に入りのカップを手に取った。温かいアールグレイを注ぎ込むと、ふわりと立ち上る湯気が、窓の外の雨を柔らかに滲ませた。

「さあ、飲み終わったらすぐに洗わなきゃね」と、彼女はカップを手に取り、小さく微笑んだ。外の世界は雨に濡れて、物語の中にいるようにぼんやり見えた。

※おさらを あらわなかった おじさん
フィリス・クラジラフスキー・文
バーバラ・クーニー・絵
光吉夏弥・訳/岩波書店

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