オオカミのごちそう
ラジオ局の仕事を終え帰宅したウサギは、ソファーに身を投げ出し、深く息を吐いた。
お腹は空いていたけれど、取っておきのクッキーは、あとで食べることにした。
彼女はゆっくりと立ち上がると、小さな本棚の前に立った。じっと背表紙を眺めてから、一冊の絵本を手に取った。それは、「オオカミのごちそう」という絵本だった。
物語の中で、オオカミはコブタと出会った。コブタの愛らしい姿がオオカミの心に深く刻まれ、その瞬間、彼の世界はコブタで満たされた。でも、コブタは逃げ出してしまった。
「一度手に入りかけたものを失うと、我慢が出来なくなるわ。『逃がした魚は大きい』っていう言葉もあるし」と、彼女はつぶやいた。
オオカミはコブタを追いかけた。うさぎを見つけても、鹿と出会っても、おんどりの悲鳴を聞いても、気にも留めなかった。オオカミの心の中では、丸々と太ったコブタが全てだったから。
「思い込みって本当に怖いわ。実際にはこんなに小さなコブタなのに、心の中ではどんどん膨らんでしまったのね」と、ウサギは小さく笑った。
「それにしても、念願の子ブタを捕まえた時にまで、『こんなにちっぽけだったっけ』なんて言って通り過ぎるなんて、どうかしてるわよね」と、彼女の笑い声はますます大きくなった。
「まぁ、オオカミだから仕方ないわね。でも、私だったらそんな思い込みはしないわ。ああ、もうだめ、お腹が空いちゃった」と、彼女は慌てて本を閉じた。
お気に入りの歌を口ずさみながら、お気に入りのカップにアールグレイを注ぐと、お菓子箱の中から、あのクッキーを探し始めた。
「あれ、あの美味しいクッキーはどこに行ったのかしら。昨日封を開けたばかりで、まだたくさん残っていたのになぁ.…」
部屋中を探し回る彼女の頭には、「なんて美味しいクッキーなの!」と歓声を上げながらすべて食べ尽くしたあの甘い記憶が、まるで最初からなかったかのように、跡形もなく消えていた。
※オオカミのごちそう
木村裕一・文/田島征三・絵/偕成社