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空とぶライオン
その日、ウサギは朝のラジオ放送を終え家に辿り着くと、柔らかな部屋着に身を包みほっと一息ついた。
「今日もよくやったわ、私...」
しばらくクッションに埋もれていたウサギは、そっと立ち上がると、戸棚からお気に入りのカップを取り出した。
紅茶のやわらかな香りが漂う中、本を片手に窓際の椅子に腰をおろす。午後の陽射しがそっと指先に触れ、ページをめくるたびに心地よい時間が流れていく。
そこには、ふさふさのたてがみと力強い声を持つライオンがいた。その堂々とした姿に惹かれて、小さな猫たちがキラキラした目で集まってくる。
ライオンはふと目を細めた。小さな猫たちの瞳を見つめながら思う。この子たちに、とびきりのご馳走をふるまってやろう。
「空を駆ける百獣の王…やっぱりかっこいいわね」ウサギはキラキラした目で、そっとページをめくった。
ライオンは獲物を仕留めると、丁寧に料理をこしらえ、芳しい香りとともにご馳走を差し出した。金色のたてがみが波打ち、誇らしげな瞳が月光を映していた。
「やっぱりライオンってすごい!」小さな猫たちは目を輝かせて声を上げた。
猫たちは毎日のようにやってきた。そのたびにライオンは空へと駆け上がり、獲物を追い、腕をふるった。
けれど、ある日ふと、ライオンは深い疲れを感じた。そっと目を閉じると、そのまま深い眠りに落ちるように、静かに石になってしまった。
「自分のために生きるって、難しいものなのね…。誰かのためばかりじゃ、やっぱりこうなっちゃうのね…」
幾百年の時が流れた。
ある日、長い眠りについていたライオンがふと目を覚ました。すると、小さな猫たちがまた集まり、憧れのまなざしで彼を見つめている。ライオンは大きくウォーッと吠えると、勢いよく空へ飛び立ち、獲物を追いかけていった。
ウサギは静かに目を閉じた。
その瞼の奥に、疲れ果てたライオンが静かに眠っている。ウサギの唇から自然に子守唄がこぼれ落ちる。その優しい調べは、静かにライオンの夢の中へと溶けていった。
<空とぶライオン>
佐野洋子 作・絵/講談社