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はてしない物語

その日、カメは図書館の閲覧席で、いつも通り穏やかに本のページをめくっていた。ふと、視線を上げると、ウサギが肩を落とし、足取り重く歩いてくるのが見えた。

「今日はいろいろあったの。もう、異世界にでも飛び込みたい気分よ」彼女は小さくため息をつき、隣の席にドサッと座り込んだ。

カメはページをめくる手を止め、一冊の本を取り出した。それをそっとウサギの前に滑らせながら、「異世界に行くのもいいかもね」と、柔らかく微笑んだ。

ウサギは静かに本を引き寄せた。あかがね色の表紙には、「はてしない物語」の文字が浮かび上がっている。その文字に誘われるかのように、彼女はそっと物語の扉を開いた。

図書館が閉館すると、二人は駅へと続く道を歩き出した。しばらくすると、ウサギが何かを思い出したように口を開いた。

「『はてしない物語』を読んでいたバスチアンが、途中から物語の中に入り、『ファンタージェン』の主人公になるなんて、少し戸惑いながら読み進めていたの」

「でもね、ふと思ったの。『はてしない物語』を読んでいる私自身も、もしかしたら『ファンタージェン』の主人公になれるんじゃないかって」ウサギの瞳はまだ物語の中にいるかのように、きらきらと輝いていた。

「バスチアンは『ファンタージェン』の中で、姿までカッコよくなるけど、キミは今のままでいよ」いつの間にかカメの声には、温かい熱がこもっていた。

「この物語、終わらないんじゃないかと思うくらい長かったの。でもね、気づいたのよ。すべての旅に、ちゃんと意味があったってことに」

「回り道をしたからこそ、見えてくる景色もあるのね。だから、うまくいかない日にも、きっと何かしらの意味があるんだわ」ウサギは、遠くを見つめるような瞳で呟いた。

ウサギを見送ると、カメは駅のベンチに腰掛け、あかがね色の表紙をじっと見つめた。一つ息を吐き、ゆっくりとその表紙をめくる。彼もまた、終わりのない物語の中へと静かに旅立っていった。

<はてしない物語>
   ミヒャエル・エンデ 作/上田真而子  佐藤真理子・訳/岩波書店

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