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ねずみくんのチョッキ

その日、ウサギとカメは、六本木一丁目駅で電車を降りると、地下から地上へ続く長い階段を、陽の光を目指して上っていた。

ようやく太陽の陽射しが肌に触れると、二人はビルの隙間を縫うように続く坂道を、ゆっくりと下り始めた。坂の先には、まるで一枚の絵画のような光景が待っていた。

麻布台ヒルズ

「見て!クリスマスマーケットだわ」
中央広場にはクリスマス色に彩られた小さなお店が並び、どこからともなく漂う甘い香りが、冬の空気を優しく包んでいた。

「今日は、まず本屋さんに行ってみない?きっと、クリスマスの絵本が雪のように降り積もっているはずだから…」

「ねえ、『ねずみくんのチョッキ』だわ」
本屋にたどり着くと、見せ台の上には、まるで小さな世界が広がったかのように、絵本たちが寄り添うように並んでいた。

「最初の一冊が出てから、今年で50年になるんだね。これまでに何冊読んできたかな…」
カメは懐かしむように目を細めた。

「大きなプレゼントの袋を抱えたり、サンタクロースと一緒にソリに乗ったり、ねずみくんは冬も大忙しね…」

「初めて読んだとき、小さなチョッキがヨレヨレに伸びてしまう結末に、なんだか切なくなったのよね」 ウサギはポツリと呟いた。

「それでも、ページをめくるたびに胸の中はワクワクでいっぱいだったの。『チョッキよ、どうか破れないで…』と、心の奥でそっと祈りながら」

「次の展開を想像するのが楽しい本だよね。その想像を超えると、もっとワクワクするんだ」カメは静かにうなずいた。

「もし、このままクリスマスマーケットを通り過ぎて帰ったら、それも僕の想像を超えるかもしれない…」カメはウサギから目をそらし、静かに笑った。

「だめ、絶対だめ!そこは想像を超えちゃだめなの!」 ウサギがぷくりと頬を膨らませて抗議すると、カメは思わず吹き出した。

ウサギはカメが逃げ出さないよう、その手をぎゅっと握りしめると、冬の風を切るように勢いよくクリスマスマーケットへと引っ張っていった。

こっちこっち! by ウサギ

<ねずみくんのチョッキ>
なかえよしを・作/上野紀子・絵/ポプラ社

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