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ふしぎなえ

その日、ウサギとカメは銀杏並木の下を歩いていた。足元に広がる枯葉は、二人の歩みに合わせて静かに音を立てる。その柔らかな音色に、ずっと耳を傾けていたくなるような午後だった。

ふと顔を上げると、視線の先にルネサンス様式の洋館が現れた。長い時を重ねたその優美な佇まいは、まるで物語の扉を開くように、優しく二人を迎え入れた。

国際子ども図書館

「この図書館には、国内だけでなく、世界中の子どもの本が集められているんだよ」
カメの穏やかな声に導かれ、ウサギはゆっくりと階段を上っていった。

「大階段」
「国際アンデルセン賞受賞作家・画家展」

「アンデルセン賞は、児童文学にずっと深く関わり続けた人に贈られる賞なんだ。『小さなノーベル賞』とも呼ばれているんだよ」

たどり着いた静謐な展示会場には、全65人の受賞者たちの作品が集められていた。ショーケースの中の絵と言葉が、命を宿しているかのように二人に語りかけてくる。

「この『ふしぎなえ』って、とても好きな本なの」 ウサギはそっと資料に近づくと、振り返り、カメに向かって手を振った。

「この本には言葉がないの。天井に人が逆さまに立っていたり、階段を上ったはずなのに、なぜか下の階に着いたり。そんな不思議な絵が描かれているだけ…」

「安野さんの絵を見ていると、不思議な世界に立っているような気持ちになるよね」と、カメは微笑みながら言葉を紡いだ。

「子どもの頃は、何を見ても不思議に思ってたわ。川はどうして流れるの?とか、海にはどうして波が生まれるんだろう?なんてね」ウサギは幼い頃の記憶を辿った。

「この絵本は、そんな忘れていた気持ちを、そっと手のひらに乗せてくれるのよ…」

「この本は外国でも読まれているんだよ。同じ気持ちで読んでいる人がいるかもしれないね」カメは静かにそう言葉を紡いだ。

「世界中で愛される本って、きっと特別な魅力があるのね…」 二人はまるで宝物を見つけた探検家みたいに、いつまでも絵本の世界に夢中になっていた。

<ふしぎなえ>
安野光雅・画/福音館書店

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