仕事帰りに本屋に寄って昔読んだ本を買う ―「深夜特急」
(大学時代)
大学図書館の片隅に文庫本のコーナーがあり、授業の合間よく本を読んでいた。
本は特に系統問わずだったが、割と近代から現代を舞台にした中編小説以下が好みだった。何冊にも及ぶ超巨大編みたいなのは大の苦手だった。
ある日、昼方。昼食後の睡魔もあり、いつもは手を出さない長編小説に間違えて手を出してしまった。
沢木耕太郎、「深夜特急」。
確か7巻くらいある。
1週間に図書館に行くのは精々2回程度、しかも2時間くらい、おまけに速読よりも遅読を好む。七冊読み切るのに一体何ヶ月かかるだろう。
気乗りしないまま読み始めた。まあ飽きたら途中離脱したろう……。
……。
途中離脱しなかったのである。
5時間目の授業をサボり、何ならその後の部活も1時間サボった。夜が侵食し隙間風がひんやりと冷たくなる頃に、漸く栞を挟んだ。
面白い。
26歳男性、ある日突然旅への想いが抑えられなくなり幾ばくかの銭を持って旅立つ。毎日がお祭り騒ぎの香港に、手に汗握るマカオ、そして一つの壁たるインドのデリー。目指すはヨーロッパ、ユーラシア大陸の大横断。
旅の熱気が伝わってくる。ドンドコと揺らす鼓動と轟々とした作者の中で吹き渡る嵐を感じる。見ているこっちの飽食感が吹き飛ぶ。
その日以降、1ヶ月間本を読み続け、(自分の中では)驚異的なスピードで全巻読み切った。
手元にはいつもGoogleマップを置いていた。時々キラリと光る一文があればスマホのメモ帳にメモした。熱狂した1ヶ月は、作者の何ヶ月にも及ぶ旅をなぞり歩くようなそんな感覚があった。
あまりにも速いスピード感で読み飛ばしてしまったため、結構空白の部分も多く、覚えている情景は半分にも満たないかもしれない。
ただ何となく本が持っている力強い印象はずっと頭に残っており、時々ふいっと情景が浮かんでくることもある。
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(社会人一年生)
ルーチンワークやら商談やらデリバリやらを何とかこなしている日常の中で、久しぶりに「深夜特急」を思い出した。仕事帰りに本屋さんに寄ってみたところちゃんと置いてあった。
レジに本を持っていくと、店員さんが恐る恐るという感じで「それ私もちょうど読んでいて……」と話しかけてきた。今3巻目でインド・ネパールを旅しているとのことだった。
1巻目を読み終わって2巻目を買うとき、店員さんがどこで旅されているのかはわからない。社会人の今、大学時代の時ほど読書に時間を割けなくなってしまった。
大学時代に一度読み切った自分が先達なのか、現在進行系で3巻を読んでいる店員さんが先達なのか、それとも26歳から海外を旅し本書を著した沢木耕太郎が先達なのか、わからない。
とは言え、何にせよ読もうと思う。ドキドキする。