オーディブック向き…というのは、意外に日本近代文学の成立につながるところがあるのかも:読書録「ミチクサ先生」
・ミチクサ先生<上・下>
著者:伊集院静 ナレーター:隈本吉成
出版:講談社(audible版)
「伊集院静」は最近、「大人の教養」シリーズがベストセラーになってますが、ちょっとそのことについては思うところがなきにしも。
だって、「伊集院静」といえば、「無頼派」というか、ぶっちゃけ「ダメな大人」として長く売ってきてたやん!w。
まあ、西原理恵子の漫画の影響も大きいかもしれませんが、酒・博打と、かなりダメ男っぷりを晒してきたのに、ここにきて「大人の教養」とか言われても…。
ちょっと時代錯誤っぽいところがあるのが、受けてるのかもしれませんが。
…なんですが、この新作小説「ミチクサ先生」は面白かったです。
audibleで早速オーディオブック化されてたんで聞いてみたんですが、冒頭の「ナポレオン」のクダリから、
「なんか、講談か、落語みたいやなぁ」
って展開が続くんですが、言い換えれば、それだけ文章がこなれている…ということ。
考えてみれば明治の「言文一致」運動には、落語や講談の影響もあるはずで、漱石自身もそちらの素養は相当にあった様子。
伊集院さんが意識したのかどうかはわかりませんが、「講談のような…」っていうのは案外この作品のテーマに合致するところがあるのかもしれません。
上下巻で20時間くらい、2倍速でも10時間くらいになりますが、退屈せずに聴くことができました。
作品としては「ミチクサ先生」=「夏目漱石」の生まれてから死ぬまでをフォローしています。
構成としては大きく3つ。
・正岡子規との交流を中心とした青春時代
・鏡子夫人との恋愛関係
・小説家としての足跡
子規との友情はすでに「ノボさん」という作品を書いていますが、やっぱりこれはいいですね。
明治という風景の中に子規と漱石が立つ姿は、想像しただけで胸にくるものがあります。
僕が愛媛出身だからかもしれないけど、司馬遼太郎・伊集院静と、愛媛出身・東京出身じゃない作家の心を捉えるところがあるんだから、「何か」がそこにはあるんじゃないか、と。
鏡子夫人との関係は、本書の「新味」と言ってもいいのかも。
明治という時代ではちょっと変わったところのあった鏡子夫人に寄り添う漱石の姿は、なかなかいい感じがあります。
もっとも史実としては「それだけ」でもなかったようなので(DV的なエピソードが伝わっています)、そこらへんをオブラートに包んだ終盤の展開はどうかな…とも。
小説家としての足跡は駆け足ではあるけど、ここは「わかってるでしょ?」ってことでしょう。
小説家としてよりも、朝日の社員として、若者たちの先輩として、「編集者」的な活躍をするあたり、漱石の人柄を浮立たせるところもあります。
個人的には、もう少し個々の作品批評に踏み込んでも良かったかな…とは思いますが。
(「猫」「坊ちゃん」のような作品から、後期の作品への移行の意図とか、それぞれの作品の成立背景とか。小説の中で語るような話じゃないかもしれませんが、「猫」「坊ちゃん」「草枕」あたりの背景は書かれているので)
作品の構成としては「どうかな?」と思うところもあるし、「ノボさん」との被りは「どうよ」って気もするw。
…んですが、audibleで聴くには向いてる小説ではないかな、と思います。
もう一回、「ノボさん」読もうかな?
audibleになりませんかね?