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My first ocarina.

オカリナを買った。

オカリナのくぐもったやさしい音色に
以前から惹かれてはいたのだが、
自分で演奏しようという思いとは
なかなか結びつかなかった。
それがどういう風の吹き回しだろう。
普段は行かない楽器店に並ぶ
色とりどりのオカリナを眺めていたら、
心がときめいた。
ちょっとだけだから!
やってみようよ!
と自分を説得している私がいるのだった。

居並ぶオカリナの中から
さんざん迷って、
温かみのあるクリーム色の物を買うことにした。
つや消しのなめらかな質感は
触れているだけでうっとりする。
両手のひらにオカリナを乗せると、
鳩が眠っているようだった。
窓越しの日射しが作るオカリナの影も
鳩のかたちに似ていた。

とりあえず教本も買い求め、
家で吹いてみることにした。
恐る恐る唇をつけて息を吹き込むと、
そのやわらかな音は鳩の声そのもののようで
私はうれしくなった。
調子に乗って鳩の鳴き真似のように
ほーほーと吹いていると、
それまで黙っていた家族が
こらえきれなくなったように笑った。
「なんの真似?」
「鳩の真似だけど?」
「いや、そうじゃなくて。」
なんの真似?とは、
どういうつもりだ?の意。
どういうつもりもなにも、
私はこの美しいかたちと音の楽器を
自由に奏でたいだけなのだ。

オカリナについてざっと調べてみると、
プロの方の陶器製のオカリナは
ものすごく高い。
(私の物はプラスチック製)
けれども陶器製のそれは
音のブレも少なく安定して吹けるらしかった。
吹いてみるとたしかに
想像していたよりも難しいということがわかった。
穴を塞ぐ指のちからや息の使い方で
音程が変わってしまうのだ。
むむむ。
けれども一曲くらいはマスターしたい。
たどたどしくなく、
なめらかに風のように吹いてみたい。

まあ頑張って。
という家族の冷ややかな視線を浴びつつも、
私はひとり、
調子の外れた音を出し続けた。


オカリナを吹いてみて気づいたのだけれど、
日常生活の中で
息を長く伸ばして吐き出す、ということが
ほとんどなかったのだった。
浅い呼吸で毎日を歩いていた。
長い息を吐き切れば
次には当然大きく吸い込むことになり、
自然と深い呼吸をしていくことになる。
しかも腹式呼吸だ。
体の中を新しい酸素が駆け巡る。
くぐもった癒しの音を聴きなぎら
呼吸することで、
心身がほぐれていくのを感じた。
なんといいことづくしではないか。
ほーほー。

ゆくゆくは森の中でオカリナを吹いて
鳥を呼び、
鳥と会話をしたい。
そんな夢を口にすると、
家族はさらに視線の温度を下げて、
あーそう。
と言ったきり自分の手元のスマホに
目を落とすのだった。

晴れた青空を見上げていると、
鳥たちが鳴きかわしながら通り過ぎていった。
あんなに自由にはできなくても、
いつの日か私も
仲間に入れてほしいと思いながら、
ほーほーと
不器用な鳥のように、
オカリナを吹いているのだ。


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