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数式小説『シュレーディンガーの Φ 』① プロローグ~箱の中の猫
1.プロローグ
「『シュレーディンガーの猫』って知ってるかい?
すべての物質は原子からできている。その原子も陽子や中性子、電子からできている。そういうミクロな粒子の状態は、観測しなければ複数の状態の『重ね合わせの状態』で存在している。そして観測して初めて、1つの状態に決定される。
例えばミクロな粒子である放射性元素Aが、1時間後に50%の確率で崩壊するとしよう。1時間後、その放射性元素の状態は、観測しようがしまいが「崩壊している状態」と「崩壊していない状態」のどちらか一方であると普通は考える。
放射性物質A
$${\hspace{43pt}\swarrow\hspace{20pt}\searrow}$$ 1時間後
$${\hspace{7pt}}$$「崩壊している状態」「崩壊していない状態」
$${\hspace{-1pt}\downarrow\hspace{35pt}\downarrow}$$
観測に関係なくどちらか一方に決定?
しかし、ミクロの世界では違う。
もし我々が観測しなければ、その放射性元素Aの状態は、「崩壊している状態」と「崩壊していない状態」の50%ずつの『重ね合わせの状態』である、とするのがミクロな世界の考え方だ。
放射性物質A
$${\hspace{43pt}\swarrow\hspace{20pt}\searrow}$$ 1時間後
$${\hspace{4pt}}$$「崩壊している状態」と「崩壊していない状態」
の50%ずつの重ね合わせの状態
そして、観測することによって初めて「崩壊している状態」か「崩壊していない状態」のどちらか一方が決定される。
放射性物質A
$${\hspace{43pt}\swarrow\hspace{20pt}\searrow}$$ 1時間後
$${\hspace{4pt}}$$「崩壊している状態」と「崩壊していない状態」
の50%ずつの重ね合わせの状態
$${\downarrow}$$
観測して初めてどちらか一方に決定
そこで、放射性元素が崩壊するとセンサーがそれを検知し、毒ガスを発生させる装置を考えよう。そして、放射性元素Aとその装置と猫を、中の見えない箱に入れるとしよう。1時間後、箱の中の猫はどうなっているか?
先ほど、観測する前の放射性元素Aの状態は、「崩壊している状態」と「崩壊していない状態」の50%ずつの『重ね合わせの状態』だと解説した。「崩壊している状態」だと毒を発生するので猫は死んでいる、「崩壊していない状態」だと毒を発生しないので猫は生きている。
放射性元素が50%ずつの重ね合わせだとしたら、箱の中の猫も「死んでいる状態」と「生きている状態」の50%ずつの『重ね合わせの状態』だと帰結される。
放射性物質A
$${\hspace{43pt}\swarrow\hspace{20pt}\searrow}$$ 1時間後
$${\hspace{7pt}}$$「崩壊している状態」と「崩壊していない状態」
の50%ずつの重ね合わせの状態
$${\downarrow}$$
「死んでいる猫」と「生きている猫」
の50%ずつの重ね合わせの状態
箱の中を観測すれば、猫は生きているか死んでいるかのどちらかの状態で観測される。しかし、箱の中を観測しなければ、猫は生と死の『重ね合わせの状態』で存在していることになる ――――」
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***
「そろそろ10時になりますので、藤沢研究室の雪村君の研究発表会を始めたいと思います。しかし……、藤沢先生がまだ来られていないようですが……」
司会が僕の方に顔を向ける。
「あっ、確か10時までには戻ってくると」
「ではもう少し待ちましょうか」
「すみません、控室に行ってみます」
僕は急いで藤沢教授の控室に向かった。僕は東京帝都大学大学院の修士課程1年で、数理論理学の専門である藤沢先生のもとでゲーデルの不完全性定理の勉強をしている。今日は神奈川の山あいにある大学のセミナーハウスで、藤沢研究室の雪村講師の准教授就任祝いも兼ね、ドイツ留学での研究成果の発表会であった。
僕は会場準備と受付を任され、朝7時にセミナーハウスにきた。その時「10時までには戻ってくるから」と藤沢先生から聞いていた。よって時間までには来るだろうと、発表会の教室で待っていた。
トントン
「先生、清水です。そろそろ発表会が始まるようです」
………………
トントントン
「先生、発表会が始まるようです」
応答がない。僕はドアを開けた。部屋を見回しても先生はいない。
「ん?」僕は黒板に目を向けた。何か数式が書いてある。
『 $${i\hbar\dfrac{\partial}{\partial t}\ket{\psi(t)}=\hat{H}\ket{\psi(t)}}$$ 1月27日』
「27日、今日は1月20日……」
胸騒ぎを覚え、僕はこの数式をスマホで撮影し、すぐに会場に戻った。
時間を過ぎても藤沢先生は来なかった。
参加者みんなで先生を探した。
雪村先生も心配そうな表情で探していた。
雨が降り出し、夕方になっても先生は見つからなかった。
発表会は中止となり、藤沢先生の行方不明者届を提出した。
(続く)
コメント
量子力学を題材にした数式ミステリー小説です。内容はまだ未完成で、量子の世界の様に不確定?です。大きく変わった記事はタイトルや冒頭で報告します。
数式も出てくるので、それは(解説編)で解説していく予定です。ただし簡単な解説に留め、中学高校数学レベルで理解できる基本的なことだけを押さえていきます。微分積分や微分方程式、行列、複素数などが出てきますが、中学生でも分かるように解説していく予定です(細かくやろうとすると教科書一冊書くことになり大変なので、どのように記述するか工夫が必要です)。
分からないところは勉強しながら書いていきます。特にプラケット表示の量子力学(通常は微分や積分で展開される量子力学を、ベクトルと行列の演算として構築するイメージ)は初めてなので勉強中です。
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