白黒つけないワタシ基準。中途半端だけど確かな想いで罪悪感のないケーキを届けます
「これからケーキ屋をオープンさせる自分が言うのは変かもしれないけど、ケーキやおかしって、別に食べなくてもいいものだと思うんです。3度のご飯とは、違う立ち位置にあるものだから」
そう話を切り出したのは、2023年春に実店舗のオープンを控えたケーキ屋「harapeko」のセイコさん。
いつも明るくて、ひまわりのような笑顔のセイコさんが作るケーキは、一言でいえばエネルギッシュ。甘すぎないので、小さな子どもを持つお母さんや、砂糖の甘さが苦手な男性からも人気がある。
「ご飯ではないから、絶対に必要なものではないと思います。だけど必要ではないからこその『存在感』があると思っていて。わざわざ食べるなら、ただお腹を満たすだけではなく『おいしかったなぁ』って、心も満足できるようなものでないと、と思うんです」
約4年間、オーガニックショップで働いて、食に対する勉強をしてきたセイコさん。そのおかげで食への理解も知識もある。けれど作るケーキは、100%オーガニックでもヴィーガンでもないという。
「本当に普通のケーキです。素材にものすごいこだわりがあるわけではありません。砂糖の強い甘みも苦手だから、ガツンとした甘さを求めている人には物足りないかもしれない。珍しい食材を組み合わせるといったこともしないから、自分では中途半端だなぁって思います。
だけど、今までおかしを食べることへの罪悪感と闘い続けてきた自分が、これなら食べても大丈夫って思える。こんな私が作るケーキを好きって言ってくれる人がいる。だから思い切ってケーキ屋を開くことにしました」
気にしぃだけど、食べることが大好きなセイコさんが作る中途半端なケーキ。
そこにはどんな想いが詰まっているのだろう。ケーキからにじみ出ている「セイコさんらしさ」を一緒に紐解いていった。
罪悪感のない「ちょうどいい」おかしを食べたい
---ケーキ屋さんを開こうとしている人から、「おかしは食べなくてもいいもの」という言葉が出てくるとは思いませんでした。
「3度のご飯は体を作るために必要だけど、おかしってそういうものではないと思うんです。どちらかというと心の栄養。食べなくてもいいけど、食べたいっていう『気持ちで食べる』ことが多い気がします。だからどうしても『罪悪感』がついてまわると思うんです」
体のことを考えて、こだわった食材で作られたおかしたち。1つ500円以上するオーガニックマフィンや、1枚200円以上のヴィーガンクッキー。
おいしいし、安心感もあるし、体にも環境にもいい。その値段の理由も分かる。でも、続けられない。
「好きだし、良いとは分かっていても、しょっちゅう買ったり、家族みんなの分を買ったりはできないんです。金銭的にちょっとキビシイ。おかしに高いお金を使っている後ろめたさもあるから、いいおやつを買った次の日に、コンビニでチョコを買っちゃうみたいな反動もある。食べなきゃいいのに、でも食べたい。いつもそういう葛藤を抱えていました」
かといって、安価で大量生産のものは、品質を安定させるために大量の添加物が使われていることが多い。そうすると今度は、体に悪いものを取り入れてしまったという罪悪感が残る。
体に良いものを食べたら、お金を使っていることに罪悪感。
安いものを食べたら、体に悪いものを食べたという罪悪感。
どっちにしても後味が悪い。
「あるときこの葛藤は、極端に振り切っているからなのかもと気づきました。白か黒か、どちらかに決めないといけないと思い込んでいるから苦しいのかもって。
どちらにも偏りすぎない、自分が感じる『ちょうどよい選択肢』がおかしに関しては少ない。だからわざわざ自分で作るなら、あえて『中途半端なおかし』にしようと思ったんです」
ものすごく良いものでも、ものすごく悪いものでもない。
素直に自分がおいしいと思える、罪悪感のない範囲の材料で作るおかし。
「どっちつかずって言われるかもしれないけど、そういう真ん中のおかしを作りたい。食いしん坊だから、食べることが好きだから、食べることに集中したい。
こんなに高いお金使ってよかったのかなとか、添加物大丈夫かなって気にしながら食べるのではなくて、目の前にあるおいしさをただ感じる。そういうおかしを作りたいって思ったんです」
素材に振り切らず、あえて中途半端を目指すというセイコさん。
今のセイコさんが感じる「ワタシらしい」基準とは、どのようなものなのだろう。
曖昧だけど、確かなワタシ基準でおかしを作る
食べなくてもいいものだからこその、おかしの存在感。あえて食べるのだから、幸福感も提供したいとセイコさんは言う。
「幸せって、安心感。だから『どんなもので作っているのか』は必要な要素だと思います。
自分がすごく気にしてしまうから、あれもだめ、これもだめってなりがち。だけどオーガニックフードを扱うお店で働いていたおかげで、自分が不安になるボーダーラインが分かってきました。
ここはなんとしても守りたいっていう、最低ラインがあります」
セイコさんがおかし作りで決めた基準は3つある。
特に小麦は、ポストハーベストの怖さを知ってから、輸入小麦をできるだけ避けるようになったという。
ポストハーベストは簡単に言うと、収穫(ハーベスト)された後(ポスト)に、果物や穀物、野菜に散布する農薬のこと。収穫後にわざわざ農薬を散布する理由は、運送中に発生するカビや害虫を防ぐためだ。輸送時間が長ければ長いほど、カビなどが発生する確率は高くなる。商品価値を下げないように、また品質を保持するために使われるそうだが、ポストハーベスト農薬は、通常畑で使われる農薬よりもかなり高濃度で使用されているという。
「映画だったのか、何かのドキュメンタリーだったのかは忘れてしまったのですが、収穫した小麦の状態に、ではなく、製粉した白い小麦粉の状態に、同じような白い農薬を直接振りかけている映像を見たんです。衝撃でした」
これは薬品を食べているのと同じだと感じたセイコさん。それからはできる範囲で国産小麦を選ぶようになったという。
「国産小麦はポストハーベストの心配がないし、国内の農業を応援することにもつながります。
農薬だけを基準に考えたら、オーガニックの輸入小麦の方が安全かもしれない。でも国産小麦とオーガニックの輸入小麦だったら、国産小麦を選びます。
身体とその身を置く環境は切り離せないという『身土不二』の考えや、『フードマイレージ』と呼ばれる輸送の環境負荷のことも考えると、国産の方がワタシらしい選択かなって思うんです」
見た目や要素だけを重視した、スペック的ないいとこ取りではなく、手の届く範囲でのおかし作りや感覚を大事にしたいと話すセイコさん。
ケーキ作りの材料は、卵・小麦粉・砂糖・米粉・牛乳など、どれも家庭で目にする身近なものばかりだ。
「いろいろな考え方があるので、人によって判断基準があると思います。私の場合は『食べ物本来のおいしさが残っているか』を、1つの基準として選んでいます」
例えば、牛乳選びの際に大事にしていることの1つに、低温殺菌牛乳であることを挙げている。
絞った生乳を牛乳として流通させるためには、温めて殺菌する必要がある。その際の温度を65度程度にして、30分ほどの時間をかけて殺菌したものが低温殺菌牛乳だ。時間がかかるため、大量に流通させることは難しいが、牧場の搾りたてに近い風味が味わえるという。
一般的に流通する高温殺菌牛乳は、120度以上の高温で1秒から3秒ほど温めたもの。高温で瞬間的に温めるため、殺菌効果が高くなり賞味期限も長くなる。一方で、牛乳の中のたんぱく質が熱変成されてしまい、牛乳本来のおいしさが損なわれてしまうという意見もある。
「食べ物が本来持っている栄養素やおいしさが壊されて、たくさん・早く・長持ちするように作りかえられたものは、できるだけ選びたくないと思っています。
生産効率やコストだけを優先させずに作られたものは、素直においしいと感じられる。そういう食べ物は、結局、生き物たちにとってもやさしい環境であることが多いんです」
牛乳自体がダメなのではなく、生産や流通のために、不自然な処理をしていないものをできるだけ選ぶ。卵がダメなのではなく、抗生物質入りのエサを食べさせられたり、狭いケージに詰め込まれたりした鶏の卵でないものをできるだけ使う。
今までの経験と知識で少しずつ形になってきたセイコさんの「ワタシ基準」。
「100%オーガニックでも、ヴィーガンでもないし、100%安全な素材とは言えないかもしれない。だけど、『効率よく儲かるか』ではなく、『おいしさや食べる人の健康を考えた生産がされているか』をみること。
そのうえで気にしぃな私が、『これなら、安全面でも価格面でも罪悪感や不安感を持たずにおいしさに集中できる!』って思える、曖昧だけど確かなワタシ基準で材料を選んで作ることが、私がおかしを作る意味だと思っています」
甘いものが好きじゃないから、自分で作る
---甘いものが好きじゃないのに、おかし作りを始めたんですよね。なんだか珍しい気がします。
「砂糖の甘さに対するストライクゾーンが狭いんです。市販のおかしやケーキも好きだけど、ちょっと甘すぎるなぁとか、もっとこうだったらいいのにって、どこか満足できないまま食べていました。心から好きだと思えるものに出会えなかった。
だから『好きじゃないのに』というよりは『好きじゃないから』自分で作り始めました」
以前大阪に住んでいたというセイコさん。自分へのご褒美として、ケーキを買いに行くことがたびたびあったそうだ。
「車がないから、自転車か徒歩でよちよち歩きだった上の子を連れてわざわざ買いに行っていました。自分のおやつのために結構な労力とお金をかけていたんです。
ケーキ屋さんに行って、キレイなケーキを選んで、子どもをあやしながら帰る。やっと家に着いて、よし食べるぞー!と思って、一口、二口食べると、あれ、思っていたのと違う。やっと口に出来たケーキなのに、最終的にすごく疲れているんです。結構な犠牲を払っているのに、ヒットしなかったというショックも大きくて。
お腹を満たした感覚はあるけれど、自分好みのおいしさじゃなかったから、心からの満足感がなかったんです。ドストライクにおいしいものが食べたいって、ずっと思っていました」
自分のわがままを表現してみようと思い立ち、本やネットを見ながらケーキ作りを始めたセイコさん。
当初はホットケーキ1つ満足に作れなかったそうだ。
「自分はおかし作りに向いていないと思って凹んでいました。そんなときに、たまたま出会ったケーキ教室の先生が作るケーキが、本当においしかったんです。このケーキを家で作れるなら、もうケーキ屋さんに行かなくていいと思いました」
そのケーキ教室との出会いは、ちょうど2人目の子が生まれてすぐだったそうだ。
待機児童の多い年だったため、保育園にはなかなか入れない。このタイミングでの出会いを運命だと感じ、早めの職場復帰はあきらめて、生まれたばかりの下の子をおんぶしながら通うことにしたという。
大阪を離れるまでの約3年間、ケーキ教室に通い続けたセイコさん。基礎を学んだことで自分らしいケーキの型が出来上がったというが、それはどのようなケーキなのだろう。
「コンプレックス=くどさ」を売りにする
「私が作るおかしって『くどい』んです。甘くどくはないのですが、つい具材を入れすぎちゃう。それがコンプレックスでした」
セイコさんの作るパウンドケーキには、ドライフルーツがゴロゴロ入っていて、どこを食べても生地と具材の味が楽しめる。それが「売り」だと思っていたのだが、実は違ったのだろうか。
「プレーンな味わいで粉・卵・バターの風味のみで勝負しているシンプルなおかしに憧れはあります。
フルーツがちょこんとのった美しくオシャレなケーキを見ると、惚れ惚れしてしまう。そういうケーキは、作ろうと思えば作れるのかもしれないけど、食いしん坊の自分が作るケーキじゃない気がして。私なら具材がたっぷり入っている方がやっぱり嬉しいって思っちゃうから」
「パウンドケーキは一気に3切れとか、食べられないですよね」と、セイコさんは笑いながら言う。だから「1切れ」に対する想いが強い。
「おかしは一発勝負。これは作る方ではなく食べる方です。わざわざ食べるもので、1日いくつも食べるものじゃないし、人によってはここぞというとき食べるものかもしれない。『この1切れ』で満足したいって欲張っちゃうから、ついつい具材を入れすぎちゃうのかもしれません」
セイコさんにはお気に入りの服があるという。design labo chicaさんのブロックプリントの赤いワンピースだ。
「このワンピースは総柄で全然シンプルじゃない。でもこのワンピースを着られる自分が好きです。
クールで理知的で、シンプルな着こなしが似合う人への憧れはあるけれど、私はこのワンピースが似合うワタシでいたい!とも思えています。シンプルの対局にも惹かれるのがワタシ。だからこのまま、くどさ全開のケーキをお届けしたいと思います」
一口食べただけで元気になれるharapekoセイコさんのケーキ。
そのケーキが食べられるお店は、2023年春のオープンに向けて現在古民家を改装中だそうだ。どんな想いが詰まったお店になるのだろう。
理想は大阪のたこ焼き屋さん
---現在お店は、改築真っ只中ということですが、当初考えていたスタイルとは違ったものになるそうですね。
「最初は厨房に1人でこもって、ケーキを作りたいと思っていました。できるだけ人と話さずに、ケーキ作りに集中できるようにお店の設計も依頼していたんです。
今までは仕事の合間に作っていたので、没頭できる時間と空間が欲しかったことが理由。だけど建物の構造上、その案は難しくてほぼオープンキッチンになるそうです。それを聞いたとき『えー、イヤだなー』という気持ちになるかと思いきや、それも悪くないかもって」
---おしゃべりなセイコさんが誰とも喋らないなんて想像できません(笑)
「そうなんです(笑)自分でも無理だって思いました!『また具材を入れすぎちゃった』って、買ってくれた人と話したいし、自分で『ありがとう』って言いたい。
ただケーキを作れればいいと思っていたけれど、そうじゃなかったみたいです」
大阪に住んでいたとき、行きつけのたこ焼き屋さんがあったというセイコさん。家の一角を改造した小さなたこ焼き屋さんで、そこで交わされる会話やアットホームな雰囲気が好きだったという。
「一時期は真剣にたこ焼き屋さんになろうと思っていました。大阪のおばちゃんたちは世話好きで豪快だから、お皿に山盛りのたこ焼きが300円だったりする。机にはポットに入った麦茶が置いてあって、お腹を空かせた高校生たちの溜まり場になっていて。
『ちゃんとゴミ捨ててってやー』とか『また彼女違うやん!』とか『最近あの子見ないけど、どうしてるー?』っていう、おばちゃんと高校生たちのやりとりを見るのがすごく好きでした。
あぁ、自分もこういうことしたいなぁって。安心でおいしいものが食べられる日常って、いいなぁって」
たわいのない会話。寄り道するのが日課の場所。なんてことない日常の風景。
「そういう街の景色の一部になることが、ワタシの目指す姿だと気づいたんです。
そして一緒にお店をやっていく『進もうスタンド』のリエさんとなら、その形になれるって確信しています」
進もうスタンドは、金沢市片町に店を構えていたお弁当屋さんだ。一度食べたら胃袋を掴まれてしまうアジアン屋台メシが魅力で、いつの間にかリピーターになってしまう魅惑のお店。市内の別の場所への移転を機に、harapekoのセイコさんと同じ場所でお店をすることになっている。
「リエさんは、オープンしたら鉄板を置くって張り切っています。リエさんがメキシコの屋台メシの定番ブリトーを焼く横で、ワタシはたこ焼きかベビーカステラを焼くつもり。すぐにはできないかもしれないけど、いつかやってみたいんです。
クリスマスや誕生日のオーダーケーキは、特別感があって大好きです。食べる人の顔を思い浮かべながら作る時間も最高。
だけど一部の人だけが愛好するもの、たまにしか食べないものだけを作りたくはないんです。
子どものおやつになったり、小腹が空いたから塾の帰りに買ったりする、日常のケーキでもありたいって思います」
---レジ前のおやつのような、駄菓子屋さんのおやつのようなイメージでしょうか。
「そうですね。だから今の自分が作っているケーキは、正直ちょっと高いと思っているんです。もっと手軽に買える価格にしたい。安さを追求すると私の思う安心・安全の基準にはならないから、その辺りのもどかしさはあります。
だけどわざわざ『ワタシ』が作るのだから、自分が『おいしい』と納得できるものを届けたい。体に良くないもの食べちゃったという罪悪感も、高すぎるものを食べてお金を使いすぎちゃったという罪悪感もない。
今日1日を振り返った時に、『おいしかったね。また食べたいね』っていう、素直に感じられるようなケーキを作っていきたいと思っています」
---
「もし作るケーキを1つしか選べないとしたら、何を選びますか?」
そう質問をしたら、すぐに
「シフォンケーキ」
という答えが返ってきた。
理由は膨らむから。
ドロドロした液体で、一見食べられそうにないものが、ふわーっと膨らむ瞬間。
その様子を見るのがたまらなく好きで、その嬉しさやワクワクする気持ちは、ケーキを何台焼き続けても変わらないという。
その楽しい気持ちが詰まったケーキには、安心安全への配慮や、食材を届けてくれる生産者さんへの感謝、そしてこの1切れで、目一杯のおいしい時間を楽しんでほしいとの想いが詰まっている。
そんな思いやりのくどさが魅力のセイコさんのケーキは、腹ペコでなくても食べたくなってしまう。
「自分の周りの小さな世界の人たちと、『おいしい・幸せ』を共有することが理想」だと語るセイコさん。
顔が見える、話ができる距離感。
ちょっと寄り道して、顔を見るだけで元気になれるお店の誕生までもう少し。
誰かの日常の一部になる日は、もう、すぐそこ。
文責:CHIHIRO
写真:セイコ
参考資料
https://www.natural-coco.jp/life/nogyo/2008/05/post-3.html
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