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#202:ワーカーズ・ダイジェスト
津村記久子著作の読書感想文シリーズ3作目。
働くにまつわる細かいアレコレ
働くことや生きることに関して、それが30代を迎えて10年近いキャリアを重ねると、日々積み重なる細かいアレコレがキツくなる。
ひとつずつは飛び抜けて理不尽なことではなくまあ誰にでも起きる程度のハードシングスなのだが、積み重なることで色々と不調をきたす。
20代でも働いてると色々ある。未知のことが多くて、処しきれないという意味ではひとつずつのハードシングスは粒がデカいかもしれない。(あとは若さでやり切るか、潰れるか)
でも歳のせいか、キャリアが進んだせいなのかその種類と数が増える30代は全方位にキツい。
一方で、完全にギブアップせずそれらを収めてしまう術も身につけているため、慢性的に鬱屈とした状態が続く。リセットボタンが押せず、低空飛行はなかなか解消されない。
そんな身に覚えがある30代の働く人の様子が、見事に描かれている。
津村さんの本は、いつもその人の生活や仕事の全体を覆う空気や流れを、細かい出来事を積み上げて示すことで余すことなく表現する。
まさにダイジェストが的確なのだ。
細部に神は宿る
ビジネス書など明快な論旨が必要な本などは、細かいディテールは割愛して、いくつかの話を統合してひとつの理由へ帰結させる。
もはや、結論ありきの論理である。というか、人が物事を決める時に、本当に合理性で白黒が決まるだろうか。
二項対立、勧善懲悪などの対比やストーリーは分かりやすいし観てる方も簡単に飲み込める。でも端的に言うと嘘くさい。
どこにもグレーゾーンがあって、それを少しはみ出したり踏み止まったりの微妙な世界線だ。
人付き合いも、紐解いていくとディテール(細部)の積み重ねだ。
あの人とは何か相性が合わない。
ひと言で言えばそうなるのだが分解すると…。
あの人は少し電話の声が大きくて、キンキンと耳鳴りがするので苦手。でも相談に乗ってくれるし、そうするとお節介なほど親切で悪い人ではない。しかし、最近仕事の接点がなく電話の声だけが気になると、相性が悪い人と言える。
たぶん最近一緒に仕事してたら、面倒見の良い割と親切な人という評価かもしれない。
…
津田さんの持ち出すディテールはもっと繊細で笑えて、ハッとさせられる具体的な場面なので読む人には安心してほしい。
だが、拙い表現で私が説明すると、ディテールとはそういうこと。
当然、人を好きになる嫌いになるには、細部だけでは判断できないのだが、最後のダメ押しとなる決め手は意外とどうでもよい細かいこと。
…
たぶんそういう話の行き着く先には、昨今の「蛙化」があると思う。細部のダメ押しにより途端に「好き」から「気持ち悪い」へ変わる。
まあこれは別の話なのでこの辺りにしておく。
古典落語「青菜」
…
話は変わるが「青菜」という古典落語がある。
あらすじを言うと、植木屋が仕事先の隠居宅で見聞きした上品な洒落言葉(隠居夫婦間の暗号のような会話)を家に帰ってから自分の奥さんと再現するが全く上手くいかない滑稽話。
中身の詳しい解説は割愛するが、植木屋夫婦が全く同じ言葉を使って隠居夫婦の風流な会話を再現しようとするのだが、ことごとくもズレる様子を面白おかしく落語家が演じる。
滑稽話なので、見事にズレるようにプロットは仕込まれている。とはいえ、一言一句同じ言葉で会話しても、その会話を構成する細部は夫婦間の長年の蓄積であり、到底マネできない。
厳密には細部(一言一句)を真似してみるが、神(魂)が宿ってないから笑い話になるということだが…。しかも、細部が大事という趣旨の話をしておいて、「青菜」のストーリーの詳細は割愛するだなんて…。
細部に神を宿らせるには適性と才能が必要だ。申し訳ないけど、私にはその適性はない。
…
夫婦の間なんて、何か大事な決め事がお題目としてあるわけではなく(我が家は暗黙の了解だらけだ)、細かいことの積み重ねでしかない。
昨日は洗い物してくれた。
あちらは風呂掃除してくれた。
いや、ゴミ出しはサボった。
子供の小遣いの相談に乗ってくれない…。
そんな些細なポジティブとネガティブによって積み重なる流動的な関係性でしかない。
少し心許ない気もするが、そういう儚い移ろうものだから、日々の積み重ねや僅かな思いやりが大事なのだろう。
…
話がだいぶ逸れた。
ワーカーズ・ダイジェスト。
一年に渡る2人の物語は、キツいことの合間にほんの少しの救いがある。その僅かな希望や光を糧に何とか生きていく。
その少しの救いしかないのに、読んでる方は、大いに、そして力強く救われる。
…
長文をお読みいただきありがとうございます。
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読書感想文①
読書感想文②
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