見出し画像

COROSデータベースの要:EvoLabとTraining Hubでのデータ活用について

前回はCOROSの新製品、APEX 2についての簡単なレビューを書いた。

今回はCOROSが誇るデータ分析・評価機能であるEvo LabとTraining Hubを使ってのランニングデータの活用について紹介する。


この記事のサマリー(要点)
・トレーニング計画に一貫性を持たせるため、トレーニングの評価基準を明確にすることが重要。今回は心拍ゾーンのトレーニング評価について記載。

・Training HubはCOROSユーザーが無料で利用できるデータ分析ツール。ランニングに特化しており、様々な評価指標がグラフ化されて簡単に見れる。
ウォッチで記録されたデータが自動反映され、練習日誌がペーパーレス化。

・練習計画作成から振り返りまでの「モニタリング」が大事。データを見ながら適宜修正を加えていくが、データを扱ううえでトレーニングの原理原則、フィットネス・疲労理論、心拍ゾーン比率などの基本の理解が必須。

COROSデータベースの要:EvoLabについて

まず、COROSのウォッチで記録されるデータがどのようなアルゴリズムに基づいて記録され、データ化されていくのかについて。

COROSのユーザー評価システムはEvoLab(エボラボ)と呼ばれ、パフォーマンス予測機能やユーザーのパラメータの数値を定量化するものである。

EvoLabが評価したユーザープロフィール。閾値心拍数以外はトレーニングの経過で変動する

ランニングレベル:100点満点。100点だとマラソン2:00:00の走力。
ランニングパフォーマンス:現在の体力に対する練習の達成度。
VO2Max:最大酸素摂取量の推定値。
安静時心拍数:安静時の心拍数。この数値が普段よりも高いと疲労傾向
閾値ペース:乳酸閾値付近の推定ペース(手動入力可)
乳酸閾値心拍数:乳酸閾値付近の推定心拍数(手動入力可)
疲労具合:走トレーニングで発生した疲労度を数値化したもの。
疲労具合の数値が70まで上がるとオーバートレーニングの兆候を示す。
※ 治療など疲労を取り除く時間を設けてもこの数値が減るわけではない
ベースフィットネス:直近42日間のトレーニング負荷を平均したもので、体力に置き換えると良い(中長距離では有酸素能力と考えることができる)
※ この数値が高いほど高負荷練習を消化できるベースが構築できている
トレーニング負荷(刺激):トレーニング強度 × トレーニング時間(量)の総量(TRIMP:トレーニングインパルス)。フィットネス・疲労理論では「トレーニング=トレーニング負荷+リカバリー」が基本の考え方となる。
※ Training Hubにおけるトレーニング負荷の数値は、筋トレなど持久系トレーニング以外の負荷をほぼ反映しない設計であることに注意。

COROSのウォッチをつけてランニングを行うと、ペース、心拍数、ケイデンス、ストライド、ランニングパワーなどといった走行データが記録される。そして、継続的にデータが収集されると次第に各個人のデータベースが形成されていく。COROSはランニングに特化してこのシステムを開発しているが、EvoLabやTraining Hubは、中長距離練習の大半を占める有酸素系トレーニングの総負荷の把握に役立つといったところである。

EvoLabのシステムではユーザーが手動入力した最大心拍数に対して心拍ゾーンの分類が自動で行われるが、このゾーンの数値を参考にしてどのレベルのランナーでも同じように適応することができる、相対的強度における強度設定やトレーニング評価を可能にする。

私の現在の閾値心拍ゾーン(左)と閾値ペースゾーン(右)

これはEvoLabが分類した私の現在の心拍ゾーンとペースゾーンである。心拍ゾーンはトレーニングの経過の過程で変動しないが、閾値ペースはトレーニングで改善することが広く知られているので、右側の数値は変動する。


心拍ゾーンに基づいたトレーニング評価 

私は現在、マラソン2:55-3:05程度の走力である。先ほどの閾値心拍ゾーンで有酸素パワーの上限(162bpm)より低い強度では60分程度の持久走を行うことが可能である。この154-162bpmの有酸素パワーの強度はZ2(ゾーン2)の強度であり、現在このZ2強度の60分程度のテンポ走を週1回実施している(ちなみに、Z2の強度は82-87%HRmaxの範囲なのでジョグではない)。

各種目の特異的練習やレースを除いて、私は設定ペースに縛られてしまうと「トレーニングが窮屈になる」と考えている。したがって、現在は走行中にペースを見たりラップをとることはあまりない。一方では、中・高強度練習の走行中に「定常状態」に入ったら、想定した心拍数を超えないことを最も意識している。心拍数を一定の範囲に抑制することは「余裕を持って練習をこなすこと」に繋がり、トレーニングの一貫性を保つうえで重要となる。

65分間のZ2 15kmテンポ走(Trainig Hub上でのトレーニングサマリー)
※ 獲得標高のある区間(上り)は心拍数が少し上がっている

「Z2テンポ走」では、ペースに関わらず中盤以降(定常状態の区間)に154-162bpmで心拍数が推移しているかをこの練習の評価基準としている。ちなみに、COROSのウォッチは心拍測定の精度が十分だが、冬季にやや難があるので私はジョグ以外はAmazonで約3,000円の心拍センサーを使用している。

このように、心拍ゾーンを評価基準にして練習消化状況をモニタリングする時は、心拍測定の精度を保ち高精度のデータ収集が前提となる。一方で、心拍ゾーンを用いたトレーニングの評価の問題点として挙がるのが「心拍測定の精度が低いとデータとして扱いづらい」ということである。

例えば、光学式心拍測定の数値平均が200bpmを超えるなどの外れ値、これは一説ではケイデンスの数値を拾ってしまうらしい。まだまだGPSウォッチは完璧でないのだが、理想をいえば血中乳酸値が測れるウェアラブルデバイスが普及して欲しい(けど、普及しても値段が高いだろうな….)。


COROS Training Hubとフィットネス・疲労理論

EvoLabのシステムは走行中の心拍推移や走行速度、走行時間などをもとにトレーニング負荷(TL)や疲労度などを算出する。そして、それらのデータをもとに実践的なピリオダイゼーションの計画 / 遂行を容易に可能となる。

(NN Running Teamの選手・コーチはCOROSのテクノロジーを享受)

COROSは、2021年1月にTraining Hubというデータ分析ツールをローンチさせた。これはStravaの有料機能のような充実度であるが、ランニングに特化しており、EvoLabが評価したユーザーパラメータやグラフが並んでいる。

COROSユーザーは https://training.coros.com/ からTraining Hubが利用できる

Training Hubは、NN Running Teamだけでなく英国のバーミンガム大学や米国のドレイク大学の陸上部がチームで採用したトレーニング分析ツールであるが、COROSユーザーであれば無料で使えるのが素晴らしい点でもある。

この無料データ分析ツールの素晴らしいの点は、フィットネス・疲労理論に基づいてフィットネス、疲労、トレーニング負荷を容易に可視化することができるところである。フィットネスは中長距離種目で有酸素能力に置き換えられるので、有酸素能力開発の時期は特に重宝できるツールである。

負荷インパクト:TRIMPの計算法に基づいたトレーニング負荷のこと

フィットネス:構築に時間がかかるが1度築くと崩れにくい(有酸素能力)
疲労:運動能力を一時的に低下させる要因。休養で容易に減らすことが可能
Preparedness:(フィットネス - 疲労)=テーパリングで重要視する要素

ここでは、フィットネス(Fitness)や疲労(Fatigue)だけでなく、パフォーマンスの決定要因となるフィットネスと疲労との差異(Preparedness)の推移をピリオダイゼーションに応じてモニタリングすることが重要である。


基礎作りで重視する過負荷、漸進性、継続性の原則

Training Hubを使って、トレーニングの継続的なモニタリングをする時に念頭に置いているのは、過負荷、漸進性、継続性の3原則である。

過負荷の原則:毎日同じ練習(同じ刺激)をこなすと、その刺激に体が慣れ段々とトレーニング効果が薄まること。すなわち、以前よりも高い強度 or 長い刺激時間といった、より高負荷の刺激を与える必要があるということ。

漸進性の原則:トレーニング強度や刺激時間などのトレーニング負荷は少しずつ増やすべきである(いきなり増やさない)。トレーニング計画で設定したトレーニング負荷を超えるトレーニングには大きなリスクが生まれる。

※ 過負荷 / 漸進性の原則は関係が深く、漸進性過負荷の原則とも言われる。

継続(反復)性の原則:コツコツと積み上げていくことが大切であり「1回の素晴らしいトレーニング」よりも「日々の積み重ね」が重要だということ。すなわち、故障でトレーニングを中断するということは最も避けたい。

Training Hubを使い10月から2ヶ月間のトレーニング計画を作成 / 消化
薄い部分:先の練習計画を入力すると未来の練習量を可視化できる

↑が私のTraininig Hub上でのこの半年間の練習量の棒グラフである(それぞれが各週の走行距離)。10月中旬からTraining Hubを使ってトレーニング計画を作成し練習を消化してきた。2ヶ月かけて練習量を漸増させてきたが、現在の練習量の75-80km/週あたりで定常化させ、練習の構成要素を増やしている段階である(具合的には筋トレと坂練習の比率を上げている段階)。

11月下旬に負荷と疲労が高く、それ以降は練習量を定常化させ負荷調整

過負荷 / 漸進性の原則を意識する点では、オフ明けや故障明け、私のような本格的な練習再開といったパターンにおいては、トレーニング負荷を漸増させるように基礎構築期間の最初の1-2ヶ月単位でメニューを組むといい。

この2ヶ月間の総走行距離に対するトレーニング強度の割合

この2ヶ月間の総走行距離に対するトレーニング強度の割合は以下である。
Z1(ジョグ)+ Z2(低強度テンポ走) = 78.7%(低強度練習)
Z3(閾値付近のクルーズインターバル) = 17.7%(中強度練習)
有酸素系トレーニング(Z1-Z3)= 96.4%(大半を占めている)

私はここ3年間、子育てのため公認大会に出場しておらず、今後もしばらく公認大会の出場予定は無い(非公認の小規模大会には出るかも)。とはいえ、健康のための「体づくり」で筋トレやランニングをそろそろ本格的に再開していきたいので、Training Hubはそのモチベーション維持に貢献している。


月間よりも週間走行距離+トレーニング負荷の微調整

日本では月末、特に月の最後の日にになるとSNS上で月間走行距離に関する投稿をよく見かけるが、そのほとんどが「自分は今月これだけ練習した / できなかった」ということの確認だろう。

トレーニング計画の遂行中には、走行データのモニタリングなどデータ分析を通じて微調整が時に重要である。その調整は1日単位ということもあれば、週単位ということもある。しかし、月単位でメニューの修正を加えるという例はあまりないので、本来は月間より週間走行距離を見るべきである。

以下は、私の10月以降の週間 / 月間走行距離だが、それぞれ見え方が違う。

週間 / 月間走行距離はそれぞれ見え方が違う

また、各々のキャパシティを考えると、走行距離以外の指標としてトレーニング負荷も見るべきである。例えば、同じ90km/週の練習量であったとしても、以下のどちらがトレーニング負荷が高くなるかを考えてみて欲しい(ジョグのペースはaとbで同じとする)

a. 90km/週:15kmジョグ×6
b. 90km/週:12kmジョグ×5 / 1000m×7 / 20kmロングジョグ×1

また、以下のような例もどうだろうか(各練習のペースはbとcで同じ)

b. 90km/週:12kmジョグ×5 / 1000m×7 / 20km LJ×1(獲得標高30m)
c. 90km/週:12kmジョグ×5 / 1000m×7 / 20km LJ×1(獲得標高300m)

つまり、同じ走行距離でも、
・強度の変化(イーブンペースをやめる、強度を上げるなど)
・強度分布の変化(例:落としの週【Deload Week】を設けるなど)
・起伏の変化(or トレッドミルで傾斜をつけるなど)
・路面やシューズの変化(トレーニング部位の分散)
などの工夫をすることで、トレーニング負荷の微調整が行える。

以下は、Training Hubにおいて走行距離ではなく、週単位のトレーニング負荷を可視化したものである(未来の予定も反映される)。

トレーニング負荷の推移:各フェーズで「何の能力開発」にフォーカスするかを明確に

黄色(8週間):フィットネス(有酸素能力)の向上にフォーカス
薄緑(8週間):筋力向上+トレーニング効果の転移にフォーカス
水色(8週間):走行距離+トレーニング強度の調和にフォーカス
※ Traininig Hubでは筋トレ(持久運動以外)の負荷は反映しないことに注意

例えば、有酸素能力と最大筋力は同時に高めようとすると干渉効果(トレードオフの関係性)があるので、フェーズでごとにフォーカスする能力を明確すると良い。また、開発していく各能力は最終的にバランスを整え、家を組むように「各パーツがそれぞれを補完する」ような設計にすべきである。

疲労過多(オーバートレーニング)を回避しつつフィットネスを維持させる
次のフェーズ(新しいトレーニング刺激)への移行期は「疲労のコントロール」が重要

Training Hubでは走行距離以外にも、トレーニング負荷や疲労、ベースフィットネスなども週単位でモニタリングできるので、フィットネスの高まりや疲労の推移といった実際の自分の感覚との乖離が少なければ、それは信頼できるデータとなるはずだろう。


ウォッチ反映されるTraining Hubのスケジュール機能

現在、Training Hubではダッシュボード、データ分析、ワークアウトリスト、スケジュールの4つのウィンドウがあるが、ここではスケジュール機能について詳しく記載する。

これは、トレーニングのスケジュール入力ができる一般的なオンライン上のカレンダー機能だが、作成したトレーニングスケジュールは、もちろんスマホのアプリやウォッチに同期されるので、簡単に確認することができる。

トレーニング内容とその強度を設定するとフィットネス、負荷、疲労の想定値が表示される
数週間分のスケジュールを作成すると各週の負荷、疲労、フィットネスの想定値が表示される
ピリオダイゼーション(期分け)のフェーズが設定できてスケジュールに反映される
トレーニングプランやワークアウトは雛形を作ることができカレンダーにドラッグ可
COROS.com からトレーニングプランやワークアウトモデルをDLすることもできる
トレーニングスケジュールはスマホアプリでも作成可 → ウォッチへ転送できる

Training Hubをチームで導入している米国のドレイク大学陸上部では、ストレングスコーチが組んだ個別のウェイトメニューの詳細を各選手がウォッチで確認できるので、レップ / セット数や重量を伝える必要がなく、指導の時間短縮に繋がっているそうだ(ドレイク大のストレングスコーチは「コミュニケーションを必要最低限にとどめることでよりチーム全体をくまなく見ることができる」とコメントしている)。

これは、例えば大学駅伝チームのマネージャー業務を減らすことにも繋がる。マネージャーが練習タイムをとらず、各選手がウォッチで記録したデータをそのままオンライン上(Training Hub)に自動反映させれば、マネージャーのタイム計測(読み上げ) → ノートで手書きでタイム記入(もしくはPCに手動入力)→ コーチにLINE等で報告という流れを省略すること可能。
※ そのためにはチーム全員がCOROSウォッチを買い揃える必要があるが


以上のように、COROSはGPSウォッチの製造・販売だけでなく、データ活用の分野においてもその裾野を広げようとしている。Training Hubはまだサービスが開始してから1年間経ったばかりであるが、無料でこれほどのサービス内容は他に類を見ない。今後もまだまだアップデートを重ねていくだろう。

日本の公式サイトにはまだ案内がないが、英語のCOROSグローバルサイトにはTraining Hubでのコーチング / チーム作成機能がフューチャーされている

ウォッチで収集したデータの自動同期は非常にスマートな機能であるが、時には心拍センサーなどを使って「データの精度」を保つことが重要である。こういった自動同期は、エクセルなどといった手動入力におけるトレーニングデータ入力の手間も省けるので、忙しいコーチにはもってこいだろう。

Traininig Hubにはチーム作成 / コーチング機能も備わっている(左のアイコン)

データ活用は、今後ランニング界においてさらに普及するかもしれないが、こういったデータアナリティクスのサービスやコンサルタント、データアナリストの存在は今後ランニング界において需要が高まると私は考えている。


【関連記事】


この記事が参加している募集

サポートをいただける方の存在はとても大きく、それがモチベーションになるので、もっと良い記事を書こうとポジティブになります。