鮨の真髄No.016 「伝統的な鮨種」第2回:鮃、真子鰈、鱒
本記事は「鮨の真髄」の連載16回目です。筆者が2023年12月末に始めた、アメリカのSubstackで連載している"Spirits of Sushi"の完全日本向けバージョンです。筆者は本が大好きなので、書籍をイメージした構成でお届けします(最下部に目次を記載しています)。
本連載を読み終えたときには、必ず鮨通になっています!
ググってもSNSを開いても得られないような情報を盛り込んでいきます。
チャプター5「鮨種(タネ、ネタ)についてのマニアックすぎるガイド」では、 鮨種を「伝統的な鮨種」と「モダンな鮨種」の2つに分けてアツく語っていきます。
「伝統的な鮨種」第2回:鮃、真子鰈、鱒
「伝統的な鮨種」の第2回は、以下の3種類の白身魚について解説する。
1. 鮃(ヒラメ)
2. 真子鰈(マコガレイ)
3. 鱒(マス)
「え、マスって伝統的だったの?」と思うと同時に「そもそも白身魚なの?赤身ではなく?」と思われる方も多いだろう。マスノスケやビワマスなどの鱒が登場するようになった現在、マスはモダンな鮨種のように思われがちだが、実は歴史が古い。そして、ヒラメとマコガレイは江戸前鮨らしい白身魚だ。ヒラメあるいはマコガレイを頂けば、その鮨店のシャリの方向性と親方の技量や味覚を推し量ることが出来る。
鮃(ヒラメ)
和名:鮃(ヒラメ)
英語名:Flounder (Hirame)
鮨種のカテゴリー:白身魚
主な旬:冬
鮃(ヒラメ)は鯛と並ぶ、日本人なら誰もが知る高級魚だ。文部省唱歌の「浦島太郎」にも「タイやヒラメの舞い踊り」と言う有名な文句があり、幼少期に「タイやヒラメ=高級魚」とインプットされた方は多いだろう。繊細な香りと旨味を持つため、鮃の良し悪しが分かる人は鋭敏な味覚を持っていることが分かる。ファストフードや化学調味料(グルタミン酸ナトリウム)が強い食事に慣れ親しんだ方人は、決して真価に到達出来ない魚だ。また、油脂が過多な食事をしている人も感知しづらい。欧米では旨味をとらえにくいため、不人気だそうだ。しかし、実際は旨味とともに脂に甘味があるため、噛みしめると波状的に味わいが高まり、心の底から感動に導いてくれるのがピンの鮃だ。この「脂の甘味」こそが鮃の持ち味だと言える。そのような鮃に出会った時は、躊躇せず縁側もあるか確認しよう。縁側はヒレを動かすための筋肉なので身よりも弾力が強く、脂が乗っているため、他のあらゆる魚種では楽しめない妙味がある。
鮃は「寒ビラメ」と言う言葉があるとおり、冬に最高潮を迎える。旨い鮃を頂くと冬に鮨を食べる楽しみを実感する。一流の鮨店が用いる上質な鮃は旨味と脂が極めて強く、白く透明なはずの見た目は黄金色を帯びているほどだ。鮃の見た目で良し悪しを判別し、素晴らしい鮃に遭遇した時、思わず食べる前から垂涎を禁じ得ない方は相当の鮨通だ。
鮨で鮃を食べる時に注目するポイントは以下のとおりだ。
香り
旨味
脂の甘味
食感
シャリとの味覚的なバランス
上記を実現するための切りつけの厚み
鮃に限らず、繊細な味わいの白身魚で最も重要なのは香りである。香りに魚の個性や状態が表れる。白身魚は寝かせれば旨味が向上するが、その代償として香りと食感を失ってしまっては本末転倒。昆布〆を施して旨味を乗せるとしても、香りの面でも旨味の面でも鮃のそれを超えるのは下品と言わざるを得ない。プラスアルファの仕事で旨味を乗せるよりも、5枚おろしで皮を引く際に皮下脂肪を皮に残さぬよう身側に脂肪を残すように切りつける方がよっぽど重要なのである。ゼロコンマ数ミリのレベルで味が大きく変わるのが鮃であり、そこにこそ鮨職人の技術(包丁の技)が発揮されるものだ。これについては稀代の名人と呼ばれた「㐂久好(きくよし)」の清水 喜久男親方も力説されていた。
そして、どんなに旨い鮃を仕入れて、丹精込めて仕込んだとしても、提供の段階でシャリの味や煮キリ醤油の味が勝ってしまっては無粋だ。鮃の香りと味を見極めて切りつけの厚みをコントロールしてシャリの味と調和させるバランス感覚は必須である。また、鮃の魚味を殺す柑橘の使用は最も避けるべき行為だ。塩とスダチの組み合わせは白身魚に清涼感を与えるのでメリットもある。しかし、塩とスダチを使用して理にかなうケースは、鮃に十分な脂がある時だけだろう。旨味よりも脂。鮃の脂の甘味無くして柑橘類の酸味に調和させることは難しい。
真子鰈(マコガレイ)
和名:真子鰈(マコガレイ)
英語名:Flathead Flounder (Mako-garei)
鮨種のカテゴリー:白身魚
主な旬:夏
道行く時の空気の匂いと質が変わる頃、真子鰈が登場する。初夏の新緑の時期。暑い夏を予感させつつ、まだまだ暑くはないので、真子鰈の味がことさらに爽やかに感じる。冬場の鮃よりもサッパリしているが、それがシャリの酸味を少し強めに感じさせ、夏に爽快感を与えてくれるものだ。関西や瀬戸内でも「アマテガレイ」と呼ばれて愛されており、九州では大分県日出産の真子鰈を「城下鰈(シロシタガレイ)」と呼びブランド化されている。ただ、ここ数年の酷暑と海水温の上昇により、頂ける時期が短くなっており、味も明らかに弱くなっているのが残念なところだ。
鮨で真子鰈を食べる時に注目するポイントは以下のとおりだ。
香り
旨味
食感
シャリとの味覚的なバランス
上記を実現するための切りつけの厚み
真子鰈の楽しみ方は鮃とほとんど同様である。旨味や脂が鮃よりも上品な魚なので、尚更香りが重要になってくる。そして、身質は鮃よりも柔らかいため、切りつけの厚みがより重要になる。鮃と同じ切りつけでは、真子鰈の味を引き出しシャリと調和させることは難しい。鮃よりも気持ち厚めに切ることで余韻を強めることが可能である。
鱒(マス)
和名:桜鱒(サクラマス) ※別名:本鱒(ホンマス)
英語名:Trout (Masu)
鮨種のカテゴリー:白身魚
主な旬:春、養殖ものは通年
鱒はモダンな鮨種と思っている人も多いが、実は伝統的な鮨種である。江戸前鮨が登場する前に、関西の押し寿司でも使用されてきた。特に有名な鱒は3月から4月頃に食される「桜鱒(サクラマス)」だろう。その名の通り桜の花が咲く時期に川を遡上し、たくさんとれるために寵愛される。見た目が美しいサーモンピンクであるのも春に愛される一因だ。
ただ、鮨の分類的には「白身魚」に分類される。「え、赤身魚ではないの?」と思うだろう。しかし、渓流(川)でとれる魚体20cmほどのニジマスやイワナは白身である。降海型のサケ・マス類は成長の過程で、淡水→海水→淡水と生息域を変える。海で甲殻類を補食することで身が赤くなるのだ(エビやカニに多く含まれている天然色素アスタキサンチンの影響)。つまり、エサで身の色を大きく変える面白い魚が鱒である。なお、最近再び人気が高まっている理由は料理科学と冷凍技術が向上したためだろう。鱒が持つ寄生虫のリスクを排除できるからこそ、安全に伝統的なタネを食すことが出来るようになった。タネ自体は伝統的だが、科学によって再発見されたタネと言えるかもしれない。
鮨で鱒を食べる時に注目するポイントは以下のとおりだ。
香り
脂
柔らかさ
味付け
鱒は白身魚としては味わいが非常に強い魚だ。香りも他の白身魚とは明らかに異なる。そして、脂が乗っている。よって、鮪のような赤身魚に近い楽しみがある。春の鮪は幼魚のメジマグロなので、赤身との比較だとサクラマスを好む人も多いはずだ。ただ、味が強い魚だからこそ、適切な味付けを行っているかどうかが重要だ。魚の味を殺すほどに強い漬けを行ったり、辛味や風味が強い調味料や薬味を用いたりすることも避けた方が良い。脂が乗っているからと言って強い味付けを行う行為は魚を蔑ろにする行為。魚を活かすのが江戸前鮨の仕事なので、手を加えて魚味を失っている場合、江戸前鮨であるとは言えないのである。
それでは、また次回お会いするのを楽しみにしている。本チャプターで紹介する鮨種のラインナップを知りたくなった際には、こちらの記事を参照して欲しい。
今後の目次構成
今後については、以下のとおり執筆していく予定です。
スシの歴史
スシの仕事と種類:江戸前寿司(握り鮓)、関西鮓などなど
スシの用語: 鮨店を100%楽しむための重要用語集
鮨の生命線:シャリ、酢飯、鮨飯について
鮨種(タネ、ネタ)についてのマニアックすぎるガイド
鮨職人の技:包丁や鮨職人の道具について
日本が誇る魚文化: 築地から豊洲市場、そして各地へ
必訪の鮨レストラン: 東京から札幌、福岡、その他の地域まで
郷土寿司の世界: 日本の多様な寿司文化を探る
鮨と日本酒のペアリング
鮨の作法とテーブルマナー
家庭で美味しいスシを作るための必需品
ポップカルチャーの中のスシ: マンガと映画
スシの健康と持続可能性
まとめ:スシの未来
なお、こちらがサブスタックの英語版記事になります。
それでは、今後ともよろしくお願いします!
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