御相伴衆~Escorts 第一章 第九十六話「隣国の王女~白百合を摘みに⑧」最終回
🌟太字は異国の言葉で話をしています。
翌日、予定通り、中庭で、数馬が芸を見せることとなった。
いつもの、ベンチに紫杏姫と桐藤が腰掛けており、その隣に椅子を置いて、柚葉が掛けていた。その隣にも、もう一つ椅子があるが、空席である。
数馬は、草影に忍ばせて置いた、鳴り物の音の入った、小さなカセットを押すと、とんぼ返りや、宙返りを繰り返し、紫杏姫の前に、突然、飛び出し、周りを、縦横無尽に飛び回った。
最後に、紫杏姫の目の前に降り立ち、決めポーズをして、予め、中庭の花々で、慈朗が作った花束を、懐から、取り出して見せた。
紫杏姫は、驚き、それを受け取りながら、嬉しそうに、拍手をして見せた。
月が、お茶係として、途中からやってきており、カセットの音量を調節した。
「数馬と申します。賑やかしの見世物担当でございます。この後、今しばらく、お目汚しではございますが、芸をいくつかお見せ致したいと存じます」
数馬は昔、旅芸人時代、仲間と、素国を回っていたことがある。その時に諳んじた、素国語での挨拶が、役に立った。
紫杏「・・・すごい、うちの国の雑技団のようだわ・・・えーと、昨日は、いらっしゃらなかった人よね?」
柚葉「数馬は、旅芸人をしておりました。今は、ここのお抱えの芸人です」
紫杏「・・・すごい、カッコいいっ」
桐藤「なかなかの運動神経の持ち主です。大したものですよ。見応えがありますから」
数馬は、ニッコリと微笑んだ。空席に気づく。
恐らく、三の姫の席なのだろうが・・・、数馬は、推測していた。
急遽の素国語での会話に、ヒアリングだけで追いついた桐藤が、藍語で返した。
(桐藤は、ある事件以来、素国語を少しずつ学んでいる。これは、その実、維羅に密かに教わっていたのだが・・・)
引き続いて、ジャグリングや、走りながら行う、得意の弓矢での飛び撃ちの的当てをする。すると、いつの間にか、空席に座っていたのは、遅れてきた二の姫だった。
あ、そうか・・・。数馬は、正直、少し、拍子抜けした。まあ、いいや。そうだよな。数馬は、すかさず、なんとなく、その理由を察していた。
二の姫は、中庭に来る時に、三の姫を一の姫に預けてきた。桐藤と柚葉と打ち合わせたのである。数馬と紫杏姫という二人の存在は、別々の理由で、三の姫に気を遣わせることになる、と三人は判断したのだ。
今日は一日、「可愛い」三の姫と慈朗は、一の姫の部屋で、過ごすことになった。つまりは、また、柚葉と桐藤、二の姫、そして、数馬の四名での接待となった。暁は、二人の姫につき、こちらの本日の担当は、月ということらしい。
紫杏姫は、ここに来られて、一番の笑顔となった。数馬の芸は、気に入って貰えたようだ。紫杏姫は、拍手を続けていた。
「数馬、というのですね。隣に座って」
数馬は、桐藤と柚葉の顔を見て、確認するように伺う。すると、二人は、目配せした。
数馬「よろしいのでしょうか?失礼致します」
柚葉「ああ、数馬も、実は、他の国の言葉は、あまり解らないので、通訳に入りますよ。藍語にしましょうかね」
桐藤「助かります。藍語ならば、こちらからも、直接、お話ができますので」
美加璃「へえー」
柚葉「美加璃様・・・」
美加璃「いいえね、桐藤、随分と打ち解けたんじゃないの?彼女と」
紫杏「でね、数馬がこっち、桐藤がこっち」
紫杏姫は、数馬を左に、桐藤を右に座らせて、ご満悦の様子だ。
美加璃「上手いことやったわあ、あの姫。女美架、置いてきてよかったわねえ・・・」
柚葉「美加璃姫様・・・」
月が、ワイルドベリーのジャムを添え、紅茶をカップに注ぎ、ワゴンで運んできた。ベンチの傍に、小さなテーブルが設えられた。今日のお茶受けは、ハニープラネットのケーキだった。
紫杏「数馬は、スメラギの人?素語で話し出したから、話せると期待したのだけれど」
柚葉は、数馬に意訳して尋ねた。
柚葉「どこの国の出身なのかって、聞いてるんだけど・・・」
数馬「東国人です」
柚葉「それは、通訳しないよ。面倒なことになるから、ごめん」
数馬「あ、そうか」
紫杏「何?」
あ、何か、まずったのかな?
数馬は、御相伴衆の他の二人を見る。柚葉が、少し渋い顔をしている。桐藤は、顔色は変えずに、様子を伺っている。柚葉は、二人の間に入り、通訳をしながら、会話の橋渡しをした。
紫杏「数馬は、素国に来れる?」
数馬「え?」
紫杏「雑技団に入れるわ。うちの国の」
柚葉「素国の雑技団に入れるぐらいだと、褒めてらっしゃるんだ」
数馬「あ、ありがとうございます。でも、そんな、実力はありませんよ」
ん、これは・・・?桐藤と柚葉が目配せをする。ひょっとしたら、紫杏姫の興味の矛先が、数馬に変わるかもしれない・・・。案の定、数馬にも、昨日、桐藤がされた質問がなされる。
紫杏「数馬は、恋人はいないの?」
柚葉「恋人はいないのか、と聞いているけと、どう答える?数馬?」
数馬「いないと言ってください」
柚葉「この場合、そういうと素国に来いと言われるぞ」
数馬「それは、まずい。なんて言おうか」
紫杏「・・・こそこそして・・・そう、そうなのね?!・・・数馬、貴方が、お兄様の?」
紫杏姫は、桐藤の次は、数馬だと、柚葉の恋人♂捜しを思い出したかのように言い出した。
「あーあ、もう、なんか、勘違い、始まってるみたいよ。なんで、数馬が、柚葉の恋人なの?」
美加璃は、半分、呆れたように呟いている。
数馬「えーっ、それは、違う、って言わないと」
柚葉「だから、違いますよ。紫杏姫」
桐藤「昨日、申し上げた通りですから、柚葉には、こちらの、第二皇女 美加璃様がいらっしゃいますから」
美加璃「そうですのよ。なんでまた、殿方ばかり・・・」
御相伴衆の三人は、顔を見合わせる。
紫杏「で、数馬の恋人は?」
首を振って見せる。
柚葉「今は、いないようですね」
紫杏「ふーん、じゃあ、数馬、素国に来て、雑技団に入りながら、・・・私についてほしいの」
数馬「?」
柚葉「あー・・・それは、無理ですよ。紫杏姫」
紫杏「桐藤と同じなの?」
柚葉は、桐藤の顔を見る。数馬は、ますます、解らないので、その二人を見る。紫杏姫は、不服そうにしている。
桐藤「そうですよ。数馬も、皆に芸を見せたり、他にも、仕事をしておりますからね。ここには、必要な人間ですからね」
柚葉が、数馬に事の要約を伝えている。昨日の桐藤とのやり取りと同様になっていることも。二の姫は、紅茶を飲みながら、黙って、様子を見ている。
紫杏「・・・そう、お兄様の周囲の方は、皆様、綺麗なお顔をして、カッコよくて、優しい方ばかりだから、お兄様みたいな人たちばかりで・・・」
その時、美加璃姫は、小さく微笑んでから、それに答えた。
「そうなんですのよ。皇宮に仕えてくださる、殿方の皆様は、最高級の方ばかりなの。厳しい試験のようなものに合格した方だけが、皇宮に上がり、仕えることができるのですから。美しい殿方を見てると、その衆道と申しますか、そういう邪推は、付き物なのでしょう?特に、素国の方では・・・?」「美加璃姫様・・・ちょっと、それは」
美加璃姫を止めようとした柚葉を、不思議と、桐藤が制した。
「少し、美加璃姫様にも役立って頂こう。よく聞くんだ、今の美加璃姫様の話は、なんとなく、お前に、追い風の意見じゃないのか?」
「え、・・・あ、まあ、・・・そうではあるが・・・ああ、だが・・・うーん・・・」
数馬「何々?」
桐藤「後で話す」
数馬「解った」
美加璃は、憚りなく、紫杏姫に向かって言った。
美加璃「貴女、ご自分のことを、何とかして貰う為に、こちらに、スパイのように、探りに来られたみたいじゃない?」
紫杏「・・・?・・・桐藤様、皆様に、私のこと、お話されたの?酷い・・・」
桐藤「ああ、でも、この件は、柚葉殿から、紫統様にお話して頂きますから」
柚葉「すまない。紫杏姫、必ず、そのように、お願いしてみますから」
紫杏「本当?お兄様・・・」
柚葉「本当です。約束しますから、どうか、怒らないでください」
紫杏「・・・」
紫杏姫は泣き出した。自分の本意を知られてしまったからか、恥ずかしかったのかもしれない。
数馬は、それを見て、ふっと、歌いながら、舞を始めた。
おどけた感じで、野花を口に咥えて、手品のように、その花は、数馬の手元から、出たり、消えたり、自在に、生きているように、数馬の身体の周りを、動き回った。パッと目の前で、その野花は消えた。
紫杏「え?」
パンと、数馬が手を叩くと、その野花でできた、花冠が、数馬の手の中に現れた。
「どうぞ、差し上げます」
僅かに知る、素国語のフレーズで、数馬は、その花冠を、紫杏姫の頭に乗せた。
美加璃姫が、微笑んで、拍手をした。
つられて、慌てて、桐藤と柚葉が、拍手をした。
紫杏「・・・ありがとう。後、皆様、なんだか、私、・・・ごめんなさい」桐藤「・・・何も、謝ることなど、ありませんよ」
紫杏「三の姫様、来られないの、私の所為でしょう?」
柚葉「・・・うーん、お解りだったんですね?お小さい頃も、お友達に、同じようなことされてらしたの、思い出しました」
紫杏「もう、知ってるの。三の姫様は、アーギュ王子のお妃様の第一候補だって、聞いていたから。伯母様が、お見合いの席を作ると言ったけど、三の姫様、可愛いもの・・・お姉さま方が、皆、お断りされてるの、無理もない・・・」
柚葉「恐らく、これ、母上の差し金ですね・・・あああ」
その時、向こうから、走ってくる者がいた。慈朗である。それを見て、数馬は、頭を下げて、宮の奥殿の方に、走り去った。芸を見せるという担当の仕事を終え、維羅の所に戻って行ったのだ。
慈朗「ああ、間に合いました。お茶会の間には、と思って、はい、紫杏姫様・・・って、柚葉、通訳して、これ、紫杏姫様の絵なんだ。さっき、仕上がったんだけど」
柚葉「・・・お前・・・」
なんで、出てきてしまったんだ、後少しなのに・・・、
柚葉は頭を抱えた。
桐藤「・・・はいはい、解りました。これは、肖像画を書かれたそうですよ」
柚葉「なんで?来たんだ?」
慈朗「月が知らせにきたの」
美加璃姫が、慈朗から、絵を受け取って広げた。
美加璃「上手だわあ。さすが、『お絵かき君』ねえ。・・・そう、やっぱり、貴女、笑ってた方が、可愛いわよ。ご事情があったみたいね。でも、柚葉に任せれば、首尾よく、そちらの王室に、話は、間違えなく通る筈よ。柚葉に任せておきなさいよ・・・はい、これ」
紫杏「・・・あ・・・」
慈朗の描いた、紫杏姫は、やはり、にこやかに笑っている。先程の数馬の芸を見た後の表情と同じだった。
紫杏「ありがとう。『お絵かき君』っていうの?」
美加璃「そうよ。そういう名前で通ってるの、彼は。その絵、上手でしょう?」
慈朗「皇宮で、絵を描かせて頂いています」
その後、暁に付き添われて、一の姫と三の姫が、中庭に降りてきた。
柳羅「熱が下がりましたので、ご挨拶に参りました」
女美架「私も、お腹が痛いの、治りました」
柳羅「紫杏姫様、昨日は、欠席致しまして、申し訳ございませんでした。花冠、お気に召しましたでしょうか?」
女美架「『お絵かき君』と、一のお姉様と、私で作りましたもので」
桐藤が、後からやってきた、三人の言葉を、合わせて、訳して、紫杏姫に伝えた。
今回、月が頑張ってくれた。数馬の花の舞は、何かあった時の為に取ってあった芸で、昨日の夕食に打ち合わせた時、その日に、迎え出ることのできなかった、一の姫の気持ちを示したいとの気持ちと連動させることにしたのだ。花束と花冠は、そのお茶会までに、一の姫、三の姫、慈朗の三人で作り、その為の花摘みは、月と慈朗でしていた。花冠は、月が、隠し持っていたものを、最後の瞬間に、周囲の目を盗んで、数馬に投げ渡したのである。
柚葉「上手いこと、してやられたみたいだな」
桐藤「なかなか、やるな。姫様方も・・・お前も」
慈朗「数馬のお蔭だよ。上手だったでしょう?あれ?・・・数馬、いつの間にか、いなくなってる・・・さっき、遠目に見たら、いたんだけど・・・消え方も、上手いよなあ」
桐藤は、慈朗に目配せした。
桐藤「ありがとう。慈朗」
慈朗「いいえ、僕の得意は、こんな感じだから・・・」
柚葉が、その様子を見て、微笑んだ。
美加璃「まあ、なんか、わかんないけど、上手く纏まったんじゃない?良かったわねえ、さあ、お茶にしましょう。お姉様もお座りになって」
桐藤「あ、一の姫様、こちらに・・・」
一同が、その言葉に、一瞬、固まったが・・・。
柚葉「もう、・・・いいですね」
一同は、テーブルの前に会した。ある程度の繕いは、バレてもいい。しかし、一人だけ、本名を明かさなかった。慈朗である。彼は、その翌日、紫杏姫が帰るまで、その呼び名を『お絵かき君』で、通されていた。そして、柚葉とは、席を離し、会話をしないようにしたのだ。
🏯
その翌日、無事、紫杏姫は、素国王宮に戻った。この件は、柚葉から、極秘に、維羅に伝えられ、当然、それは、柚葉の母、紫音妃に伝わり、更に、別ルートで、紫統大佐に伝わった。紫杏姫の進退に関するその一件は、一先ず、保留となり、本人の意向を優先とすることにした。これには、紫統も、当然のことと、真面目に、当局側に、働きかけてくれたという。
「私の主義と同じですからね」
メールの返信で綴られた、紫統の言葉に、柚葉は納得した。
柚葉は、自分の王統検査の時の事を、想い出した。
⚔🔑🏹🎨
桐藤「まあ、一つだけ、嘘というか、つき通したことが、ありましたがね」
柚葉「命拾いしました。『お絵かき君』」
数馬「偶然というか、なんとか、乗り切ったような気もするんだけどね」
慈朗「どういうこと?」
柚葉「美加璃姫様が、お前のこと、そう呼ぶから。他の姫様に『シロウ』という言葉が、素国では不吉な意味がある、と触れ込んでおいたんだよ」
慈朗「えーっ、それって、酷いよ」
柚葉「だから、バレなかったの。お前との事。二の姫にも、紫杏姫にも。紫杏姫には、名前を知られないようにするのが、一番得策だと考えてね」
桐藤「一の姫様と三の姫様には、そういうこともあって、慈朗の呼び方は、『お絵かき君』で通すと、言っておいたんだ」
慈朗「成程、でも、なんで?」
柚葉「だから、まあ、紫杏姫は、どうでもいいんだが、もう一人の方が、ヤバいだろう・・・」
慈朗「ああ、そう、そうか。で、僕は、最小限の接触で、名前も聴かせなかった」
柚葉「そういうことね。名乗ったら、紫杏姫様から、恋人はいないのか、という尋問が、始まるからね」
慈朗「お妃様のこと、言うわけにもいかないしなあ・・・」
数馬「あー、そっちもあったな」
柚葉「・・・ほらあ、隠せないだろう、お前は」
一同は、笑いながら、慈朗の顔を見る。
真面目にそんなこと、言うつもりか?と、それぞれが、慈朗の顔を見つめている。
慈朗なら、言ってしまいそうだ、と数馬も思った。
別の問題が露呈すると、他の二人も思っていた。
桐藤「後は、紫杏姫様が、お幸せになられるといいのだがな」
柚葉「南洋諸島の国からも、お話が来ているらしいから、それまでに、良い方に会って・・・」
数馬「ご内相とか、ご指南役とか、どこの国も、大変だな」
柚葉「なんなら、出張してもいいんだが、プロ」
数馬「・・・プロって、何?」
柚葉「ごめん、冗談だって、数馬・・・あはは」
数馬「笑えねえ、・・・もう、いいけどさ」
数馬は、中庭でクッキーを並べる女美架の姿を、仕事の合間に目にしていた。元気そうだな。・・・なんとなく、おしとやか、っていうのになったみたいだ・・・、良かったな・・・。
少し、複雑な気持ではあるが、変わりない女美架で良かったと思えた。
時は過ぎ、素国第五王女紫杏姫とは、いずれ、また、この中の誰かが再会する。それはまた、別の話となる。その頃には、彼女も、その誰かも、今の立場ではない頃、なのかもしれない。
隣国の王女~終
御相伴衆~Escorts 第一章 第九十五話
隣国の王女~白百合を摘みに⑧最終回
隣国の王女編も、今回で終了しました。
お読み頂きまして、ありがとうございます。
次回から「暗躍の行方」という本編の章に戻ります。
お楽しみになさってください。
更に、創作の幅を広げていく為に、ご支援いただけましたら、嬉しいです😊✨ 頂いたお金は、スキルアップの勉強の為に使わせて頂きます。 よろしくお願い致します😊✨